駄文@

□ジャミ監I
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A

初めて、俺が好きになった女の子は、カリムの事が好きだった。
九歳か十歳の時だったか。
カリムよりも、誰よりも、俺の方が、その子と仲良くしていたはずだった。
なのに、その子はカリムを選んだ。
明るくて、お金持ちだからという理由だけで、俺の思いは木っ端微塵に砕け散った。

十一歳の時も、十二歳の時も。
気になる女の子は皆カリムを選んだ。
トラウマになった。
きっとみんながカリムを選ぶんだ。
俺はそう信じた。
女の子を好きになるのはやめようと、そう思うまでに。

十三の春、女の子に告白された。
同級生の良く見知った子だった。
初めて告白なるものをされて、俺は大層浮かれた。
カリムじゃない、俺を選んだ彼女に惹かれていくのは時間の問題だった。
見た目も中身も、知れば知るほどに彼女を好きになっていった。
しかし、彼女に思いを返す前に、それは呆気なく終わりを告げた。
俺が一週間寝込んでいた間に、彼女はいなくなっていたからだ。
後日、彼女の友達から手紙を受け取った。
手紙には、重い病気に罹っている事。
その治療を受けるために、異国の病院で大掛かりな手術をする事。
最後の思い出にあなたに告白して良かったと。
あなたと一緒にいられて幸せだったと。
そう綴られていた。

三ヶ月後、彼女の死を知らされた。

絶望感に襲われながら十四歳になっていた。
気付かれないようにもしていたけど、カリムはやっぱり俺の異変に気付かない。
それでよかったのに、カリムは俺が、何かが変な事にだけは目敏く気付くんだ。
こんな時ばかりは鈍感でいいのに。

俺はもう、誰の事も好きにならないと誓った。
恋愛なんか、ただの気の迷いだ。
なんの得がある、なんの利益を生む。
俺はもう振り回されない。
こんなに苦しい思いはもうごめんだ。

十五の春、また女の子に告白された。
生憎、遊んでいる暇はないんだ。
俺はカリムの従者だから。
出来るだけ冷たく突き放した。

十五の夏、また別の女の子に告白された。
カリムの従者だから。
そう言って断り続けていると、俺とカリムがデキてるのではないかという噂が流れた。
俺は以前に増してカリムに付きっきりになった。
もうそれでいい。
俺は誰とも付き合う気なんかないんだ。
そう思われていて都合が良かった。

十五の秋、また別の女の子に告白された。
彼女はカリムを味方につけていた。
なるほど、賢い選択だ。
従者を射る為に、主人につけいるとは全く恐れ入る。
カリムは無邪気に、ジャミルの事好きだって言ってるんだ!付き合ってやってくれ!なんて言いやがる。
何も知らないカリムは、きっと噂すら知らないのだろう。
知っていても、こうなっていた気もする。
なかなか観察眼が優れた女じゃないか。
しかしそれは、人の弱点を鷲掴んだ、ある種の脅迫ではないだろうか。
そんな女を俺が好きになるわけないだろう。
カリムはそれすらわかっていない。

あー…、クソッ!人の気も知らないで…!
つーか!なんで!遠ざければ遠ざける程、近寄ってくるんだ!!女という生き物は!!

この時、俺はやっと、自分の女運が無きに等しい事を自覚した。

俺は付き合う事を了承した。
カリムにつけこむような女だ。
アジーム家の評価に響くような事は避けたい。
ハッキリと、卒業するまでの間だけなら付き合うと、そう言ったのに、その女は諦めず彼女を名乗った。
表面上だけ優しくした。
表面上だけ楽しいフリをした。
彼女の事は好きになれなかった。
俺と付き合いながら、他の男と付き合うような女を好きになれるわけがない。
好きでもない女と付き合って、上辺だけ優しくするような男にはお似合いか。
大方、誰にも落とせない俺を手中に収める事だけが目的だったのだろう。
下らねぇ。付き合ってられるか。
だから俺は早々に浮気現場に乗り込み、お役御免となった。

そして十六になり、NRCへ。
男子校、寮生活、カリムはいない。
俺は浮かれに浮かれた。
誰も俺がカリムの従者である事は知らない。
そして女の子もいない。
男だらけの楽園だ。
俺は俺として、遠慮する事なく、自由に何でも、好きにやれるんだ!

しかしカリムは二ヶ月遅れてNRCに入学してきた。
この時の俺の心中こそ、あの事件の始まりと言ってもいいだろう。
たった二ヶ月の自由は、とても甘くて忘れられなかったのだから。

十七歳。
俺はオーバーブロットした。
失敗した。
一世一代の逆襲劇を、ひっくり返した歯車の一部。
それが監督生だった。
魔法を使えないというだけで、何も出来ないと侮った。
しかし何も出来ない監督生は、面倒な連中を連れ込み、カリムに現実を突きつけた。
知らなくて、良かったのに。
知らないまま実家に帰れば良かったのに。
呆気ない幕引き。
しかも後日、監督生が女だった事が判明した。
最悪だ。俺の女運の悪さは現役続投のようだ。
その証拠に、俺が疎ましく思えば思う程、監督生は近寄ってくる。
一人になっている所を見逃さず。偶然を装って会話を企んでくる。

やめてくれ、女は本当に懲り懲りだ。
妹の事すらわからん俺に、他人の女なんかもっとわかるかよ。

しかし監督生は、俺がどんなに冷たくしようが、露骨に嫌な顔をしようが、めげずに会話しようと近寄ってきた。
監督生の真意がわからなかった。
誰に対しても同じように接する。
むしろ俺の方がいたたまれなかった。
いっその事、罵倒して避けてくれた方がわかりやすかった。
どう接するのが正解なのか、監督生に限ってわからない。
まるで俺だけが意識してるみたいだ。
現に監督生は、意識する素振りなしに、何の気無しに、俺の顔を見ながら笑っている。

その数日後、空き教室の前を通りかかった所、聞き慣れた声が聞こえて俺は足を止めた。
そっと覗いてみると、監督生と同級生達がいた。
会話の内容は、恋のきっかけ。
ついついそのまま会話を盗み聞きしてしまった俺は、扉にもたれたまま蹲み込んだ。
余計な事を言ったカリムを許せそうにない事。
特に何の意識もなくやった事が、好意的に捉えられていた事。
邪推でしかない事を疑われてる事。
事実を一つずつ咀嚼して飲み込んでいく。
顔が燃えるように熱くなっていく。
後をつけて盗み聞きした時点で、監督生を意識している事になるのだが、その時の俺は無意識かつ無自覚で行動を起こしていた。
弱味でも握られればいい、なんて言い訳を作っていた。 

図書室で監督生を見かけたあの日も、俺に気付くなり挨拶してきた。
俺はどう接したらいいかわからずにいるのに、監督生はそんな事で悩んですらいないように見えるのが、イラついた。
わざわざ隣に座って嫌味を言うと、さすがにムカついたのか言い返してきた。
机の上に広がる、ミドルスクール生でも使わないような初歩的な本と、参考書。
魔法を使えない監督生が、どんな世界で生きてきたのか、俺は知る由もない。
しかし、魔法を使えない世界なら、魔法を学ぶワケがない。
基礎も常識も、監督生は知らない。
それを知る努力をして、食らいつこうとする姿勢は好ましかった。
これは嫌味を言った手前仕方なく。
そう言い訳して、対策ノートを制作した。
それを監督生に渡して、その場からすぐに立ち去った。
だけど、監督生の反応が気になって、次の日、つい様子を見に行った。声をかけてしまった。
監督生は、目を輝かせて礼を言った。
自己顕示欲が満たされて、気持ちよかったから、つい、宿題の提出日まで勉強を見てしまった。
しかし、その宿題の提出日が終わっても、監督生はよく図書室を利用していた。
宿題を手伝った一件から、監督生への苦手意識は消えていたから、勉強熱心なんだなと、軽口を言えるぐらいになっていた。
監督生はただ、私はこの世界の事を何も知らないので、毎日図書室で勉強してるんです。そう答えた。
そして、帰る方法を探っている事も、監督生が言わなくても、選ぶ書籍で明白だった。
その日から図書室に通うのが日課になった。
僅かな時間、監督生に常識やマナー、基礎的な礼儀作法を教えた。
監督生は、水を吸うスポンジのように吸収していくから、教え甲斐もあった。

そんな矢先に、監督生が俺に恋をしたと聞いてしまった。
そんな話を昼にしていたというのに、図書室で顔を合わせた監督生は、いつも通りだった。
そんな話などしていなかったみたいに。
それが釈然としないのは何故だろうか。
もっと俺を意識すればいいのに。
そう思ってしまうのは何故だろうか。
しかし監督生はこうも言っていた。
付き合いたいとは思えないと。
ならばこのままでいいじゃないか。
このままの関係を続ければいい。
なのに何故、それを面白くないと思ってしまう自分がいるのか、わからなかった。
そんな監督生に、何の気無しに、君は自由で羨ましいよと、皮肉を言った。
そんな皮肉を監督生は笑って

「ジャミル先輩が自由になりたいんなら、私いつでも協力しますよ!」

…カリムよりタチが悪いぞ、こいつ。

「私の帰る場所に、ジャミル先輩も一緒に、連れてっちゃいます!」

俺の意思はどこだ。
俺の家族の保証もない。

「ジャミル先輩ならどこでだってやってけますよ。器用だし、美人だし。」

俺の保証も安いもんだな。

「あっ、ただ魔法は使えなくなるかもしれないので…、でもジャミル先輩は、魔法なくても大丈夫そうですよね。」

オーバーブロットするまで魔法使った奴に、よくもそんな事が言えるな。
依存度はなかなかだと自負しているぞ。

それなのに、悪くないと思ってしまったのは、自由が魅力的に思えたからに違いない。
もし、監督生の世界に行けたとして、責任は取れるのかと尋ねると

「はい。全部私のせいにして下さい!私があなたを攫うんですから!」

は?

「選択肢のひとつに、入れてみて下さい!」

照れ臭そうに笑った監督生が、椅子から立ち上がって、図書室から出て行く。
監督生が見えなくなってから、俺は顔が燃えるように熱くなっている事に気付く。

あいつ、今なんて言った?
あなたを攫うんですから?
あいつは俺を、悲劇のヒロインか何かと勘違いしていないか?
同情なんかまっぴらだ!
ふざけるな!
何が攫うだ!

学校を卒業したら、俺はバイパー家の務めとして、アジーム家に仕える日々を過ごすのだろう。
カリムが俺を側に置く限り、俺もこの席に居座り続ける。
決められたレールだ。
抗えない運命なんだ。

狭くて華やかで暗い世界に閉じ籠ろうとする俺の手を、君は掴んだ。
それを嬉しいと思う自分の事なんか、一生知らずにいたかった。

そして、やはり俺を動かすのは、いつだってカリムだった。

「監督生、おもしれーよな!オレ、あいつ好きだぜ!」

その好きがどんな意味合いを持つのか。
俺にはわからない。
カリムにしかわからない。
だけど、もしそれが、恋愛なら。
監督生が俺を好きでも、俺は従者なのだから、彼女をカリムに譲らなければならない。

ダメだ。
心に浮かぶのはそんな一言。
カリムには相応しい結婚相手が選ばれる。
だけど、カリムが監督生を選べば、簡単に手中に収まるだろう。

そんなの冗談じゃない。
ダメだ、君は俺の手を掴んだじゃないか。
譲れない。

その時やっと、俺は監督生に対する自分の気持ちを自覚した。

やっぱり俺は女運が悪い。
俺が選ぶ女は
カリムの事が好きだったり
病気で死んだり
異世界の住人だったり
悲恋が確定された未来ばかり。

恋愛などもうしないと誓ったはずなのに。
俺は監督生に告白した。
自分から告白するなんで、それこそカリムを選んだあの子以来だった。  
監督生のまわりにはいつも人が集まる。
自分から声をかけないと、話すタイミングすらままならない。
図書室で独占していた時間も、他の誰かが奪うようになっていく。
言葉にしないと、行動に移さないと、あいつが他の誰かに奪われてしまう前に。

しかし、俺が思いを素直に告げても、監督生は逃げ回るだけだった。
信用されない。無理もない。
だから諦める事なく繰り返した。
今まで恋愛事を避けてきた俺に、その方法は困難を極めた。
だけど、何より確かな真実があった。
監督生に思われている事実だ。
心の内を、自分でも驚くくらいに素直に口にしていた。
監督生と居ると、足りない部分が満たされていく。
それは今まで我慢を重ねて譲っていた事。
監督生はカリムでなく、俺を選んだ。
ただそれだけが、俺の原動力になっていた。

長丁場を覚悟していたが、俺の想定に比べればあっさりと、監督生と付き合う事になった。
コレについても、俺の女運の悪さが作用しているとしか思えなかった。
しかし、考えようによっては好機だった。
俺の思春期脳は、即座に既成事実という言葉を叩き出した。
監督生はやっぱり俺の事が好きだった。
俺を選んでくれた。
それだけで、今までの俺が救われた。

何事も無く上手く行きすぎていくのが、ただ怖かった。
明日、監督生はいなくなるかもしれない。
常に心のどこかにそんな思いを抱えた。

しかし、生まれて初めて彼女というものが出来て、俺は浮かれると同時に、もう一つの欲に囚われ始めていた。

性欲と、直面せざるを得なかった。
こんなに大きかったのか。
俺の性欲というものは。
…知りたくなかった…。

何度抱いても足りないと感じるのは、月に一度しか出来ない呪縛のせいか。
何度抱いてもまだ欲しいと思うのは、俺が君を好きで、君も俺を好きだからか。

好きになった理由なんか、もうわからない。
ただ、後にも先にも未来の俺ごと独占しようとする奴は、君くらいだという事しかわからない。

地獄のような未来に進む俺の手を、君は掴んだ。
君と一緒なら、この先に待ち侘びる地獄に、何らかの変化があるかもしれないと、期待してしまうのは何故だろうか。


君なら、もしかしたら
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