オリジナル


□便利屋!
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「ゴキブリ!」



 今日の翔吾の第一声はそれだった。



「何だ、朝っぱらから。」

「分かんねぇか!? ゴキブリだってば!」

「何だ。そんな事か。」



 根矢は退屈そうにそう言うと、ドサッと自分の所定位置に座った。そして自分の上にある数枚の紙をペラペラとめくる。

 しかし翔吾にとっては大問題のようだ。



「聞けよ! 隣の貸家に人が引っ越してきたんだ。」

「だから何だ。いつかは人が入ってくるものだろう。」



 普通の事だろう、と根矢は言う。翔吾は訴えるように根矢の机を叩いた。



「それなんだよ。いいか、隣が引っ越してきてから、ゴキブリが大発生するようになったんだ!」



 大事件だろう? と、同意を求めるが、根矢はさらっと言う。



「別に、倒せばいいだろう。そんなもの。」

「倒せねーから言ってんじゃねぇか。」



 翔吾のその一言に根矢が呆気にとられる。



「……翔、お前今何て言った?」

「……倒せねーから、言ってんじゃねぇかって。」



 根矢はしばらく黙っていた後、いきなり笑い出した。



「何だよいきなり!」

「ゴキブリが倒せないだと? ククク……。」

「だー! 笑うなー!」

「怒鳴るな怒鳴るな。そんなに大声を出したら、驚いたゴキブリが出てくるぞ。」



 根矢が笑い涙を拭きながら、翔吾の足元を指差して言った。もちろんゴキブリなんて居ない。
 だが、翔吾はビクッと身体を震わせて自分の足元を見た。

 これには根矢も大爆笑だ。根矢の笑いのツボは絶好調である。最終的には呼吸困難におちいるほど笑い続けた。
 根矢は痛む腹を抑えながら、どうにか呼吸を整えた。



「はぁ、よく笑った……。」

「そりゃ良うござんしたねぇ。」



 上機嫌な根矢とは違い、翔吾は不機嫌である。

 根矢が自分の事で笑い続けたという事もあるが、一番の原因はやはりゴキブリだった。殺虫剤を片手に、翔吾は根矢を睨みつける。



「大体、何でこの時期になってゴキブリが出てくるのさ。もう寒いじゃん」



 根矢はその質問を聞いて、歩いていたゴキブリを新聞紙で叩いた。そして翔吾に見せる。



「ほら見ろ。……どうした。」

「そんなもん、俺の前に持ってくんじゃねぇよ!」



 根矢は面倒なヤツだ、とため息をついて説明し始めた。



「こいつはそこらへんに居るクロゴキじゃない。茶羽だ。」

「茶……茶羽……。」

「飲食店の厨房などにいる、小さいゴキブリだろう。そのくせ生命力が強い。全く、厄介な物を持ってきてくれた物だ。」

「何で俺を見るんだよ。」

「まぁどちらにしろ、どうにかせねばならんな。そうしないと私の生活が台無しだ。」

「あっそ……。」



 根矢は紙を取り出し、何かを書き始めた。そして翔吾に渡した。



「では、ゴキブリホイホイを十個買ってきてくれ。」

「俺かよっ!」







 根矢は翔吾が買ってきたゴキホイ(ゴキブリホイホイ)を角や隙間にセットすると、よし、と言うように頷いた。そして袋を取り出すと何かをばら撒き始めた。

「……何だそれ。」

「特製・ホウ酸団子。」

「でもホウ酸団子って効かないって言うじゃん。」

「そのくらい分かっている。ゴキブリの最後の晩餐だ。」



 根矢はホウ酸団子を撒き終わると、袋をポケットにしまい込み、出口へと向かっていく。



「さぁ、行くぞ。」

「行くぞって、何処に?」

「家。」

「はぁ? 今日の仕事は?」

「今日は休みだ。この通り、仕事場が使えんからな。」



 翔吾はしばらく考え込んだが、何か思いついたような顔をすると歩き続ける根矢に向かって怒鳴りつけた。



「おい! お前、仕事やりたくないからホウ酸団子撒き散らしたんだろ!? 今日お前の担当だよな!? 何とか言いやがれー!」

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