【六→四】学パロ
バイト帰りにカーユが初めて食事に誘ってくれた。本当は用事があったのだけれど迷わずキャンセルして彼と駅前の居酒屋に入った。
席に着くなりカーユは灰皿を引き寄せて煙草に火を点けた。
「もうバイト中吸えなくてニコチン切れなん」
「ふーん」
僕は相槌を打ちながら、カーユが美味しそうに煙草を口に含む仕種にただ見とれていた。実は煙は苦手だったけれど、カーユの煙草の煙なら不思議と嫌悪は感じない。
僕が見つめていることに気付いたのか、カーユは煙草を一本、僕に差し出してきた。
「なん、ユウも吸う?」
首を傾げて上目遣いで微笑んだカーユ。僕はこの彼の表情が大好きで、心拍数が一気に跳ね上がった。
カーユの、煙草。
つい手を伸ばしかけた。けれどこれを吸っても僕はきっと咳込んで格好悪い姿を晒してしまう。呆れられてしまうだろう。
そう思って小さく頭を振った。そしてついた小さな嘘。
「僕、禁煙中なん」
「はは、無理なことはしない方がええで?」
カーユは笑って先程差し出してくれた煙草を箱に戻した。やはり名残惜しい。僕も煙草を吸えたら、この他愛のない会話ももっと弾むのだろうか。そんなことを考えながらその日は珍しくカーユを見送らずにコンビニへ煙草を買いに向かった。
先程から咳が止まらない。いくらカーユが好んで吸う銘柄だとはいえ、昔から煙草は苦手だったんだ。体が受け付けてくれるはずがない。
カーユと同じ銘柄。強いメンソール。彼の甘い香水に混ざっている香り。
それを素直に受け止められないこの体が憎かった。
数週間後、またカーユが食事に誘ってくれた。前回と同じ居酒屋で、やはりカーユはすぐに煙草に手を伸ばした。それを見てすかさず身を乗り出す。
「1本くれへん?」
「やっぱ禁煙なんて続かへんよなぁ」
笑いながらカーユが渡してくれた煙草を銜える。このために、数週間毎日煙草を吸い続けて苦手を克服しておいたんだ。
カーユからもらった煙草。僕も毎日同じ物を吸っていたはずなのに、何だか違う味に思えた。
これがいつもカーユの肺を満たす味。そう思うだけで心が満たされた。
一緒に煙草を吸っているときのカーユは、心なしか少し嬉しそうに見えた。気兼ねなく吸えるからだろうか。理由は僕にはわからなかったが、カーユの笑顔がいつもより長く見られるのなら、理由なんてどうでも良かった。
「ユウ、いつも何吸うてんの?」
「え…まあ色々、やな」
「気分次第てこと?」
「うん、でもこのタバコ美味いし…僕もこれからこれにしよかな」
「これにハマると二度と禁煙出来へんで?」
「それでもええよ」
君の香りを、いつでも側に感じていられるなら大歓迎だ。
なんて、そんなこと。君に直接伝えたりは出来ないけれど。
Fin.