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□一つの恋
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…どうして、こんなことになってしまったのだろうか。

俺は、鞄を探る手を止めて途方にくれる。

「おぃ、まだか」

後ろから仏頂面の若い男が急かすが、見つからないもんはしょうがない。

そうだろう?





事の始まりは数十分前に遡る。
俺が、やっとコンビニのバイトをあがらせてもらったのは夜の21:00。
帰ろうとして駐輪所に行くと、いきなり後ろからナイフをつきつけられた。

うっわ。何?かつあげ?

最近は随分日本も物騒になったものだから、硬直して冷や汗を垂らしているとその男が低い声で、

「…おい。ケータイ。ケータイ出せ」

と、のたまわれる。
ケータイ。じゃぁなんだ?プライベート情報が今は高く売れるのだろうか?といぶかしげに思いながらも、鞄の中を探す。

ない。中々、見つからない。

痺れを切らした男が苛々しながら

「このコンビニに、石田桂子ってやつ、いるだろ」

「…えぇ、まぁ、はい。」

脳裏にたまに一緒になる石田さんを思い浮かべる。

「そいつに、電話」

…は?

わけがわからなくて黙っていると、「ぼけっとしてんとはよケータイ!」と急かされる。

でも、メチャメチャ気になるんだけど。

鞄を探る手を止めて、ぐるりと相手の方を見る。

「まさか。」
「な、なんだよ」

男はひるんだように後ろに体を引いた。

ついでにナイフも俺から離れた。
「石田桂子に告白するんですか?」

単刀直入に聞くと、割りと可愛い顔をした若僧は真っ赤になる。口をぱくぱくさせていたが、すぐ立ち直り、

「そんなんどおでもいいだろ。ケータイまだ見つからないんか」

と、くる。
こいつ開き直りやがって。
やっと探し当てた携帯でアドレス帳を開いて石田さんを探しながら尋ねてみる。

「なんで直接言わないんですか?」
「そ、そんなんできるわけないやろ」なぜか慌てながら言う彼はその行動に違う純情ボーイのようだ。「見も知らぬ他人だよ?彼女にとっちゃ。そんなん気持ち悪がられるし」

…そのあなたは見も知らぬ俺を脅迫していると。

「いゃ、別にそんなことないと思いますよ?一目惚れだなんて乙女チックじゃないですか」
「いゃ…一目惚れじゃないんだよね。これが」

若僧は首をふりふり、しみじみ呟いた。
見も知らぬ人なのに一目惚れではない。
この若僧は普通よりか派手な格好だから目立たないわけないだろうし。やっぱり訳が分からなくて見つめていると、彼はボソボソと話しだした。

「…俺の窓からな、彼女の部屋が見えるんだ」
「…まさか。ストーカーさんでしたか」

納得した相づちを打つと、彼は慌てて否定する。

「ちがうちがうちがう!いゃっ違くはないけど違う!」
「全然違わないですよ。その窓から彼女見てるんでしょ?ストーカーじゃないですか」
「いゃ、だからな、まぁ聞けや人の話を。彼女の窓は曇りガラスで、中はよくみえないんだけど」ここで、「よかった」と呟きかけたらこちらを睨みながら続けた。「カーテンも閉めないで夜中に上半身裸で着替えたり、ブラつけて歩き回ったりしてるんだよ。それがめっちゃ見えるわけ」

見なきゃいいじゃん。と内心思ったが黙っておくことにして先を促した。「それで?」

「それで、注意してやろうと思ってたら…顔見たらめちゃくちゃ可愛いじゃんか。」

そんなのお節介だとか、見ず知らずの若い男から言われるの自体気持ち悪いだろうとか言いたいことは、色々心の奥底に押し込めることにした。
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