御注文品/承り物

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今日お邪魔していいですか。電話越しに尋ねると、アンナさんは突然の申し出にも関わらずあっさりいいわよと頷いた。

そうして、わたしは今麻倉家にいた。ちゃぶ台にはアンナさんの好物である煎餅と、それから緑茶が2つ。幸運なことに今日は葉さんがいないらしかった。わたしの家にも誰もいない。

「今日はどうしたの」

浮かない顔してるわね、とアンナさんは頬杖しながら煎餅をかじる。この光景も見慣れたものだ。旧式のテレビではつまならそうなバラエティー番組が流れていた。

わたしは一拍置いてから口を開いた。

「最近、碓氷さんの帰りが遅くて、」

わたしは正座のまま微かに俯いて言葉を続ける。

「なにしてるか聞いても教えてくれないし」
「浮気?」

アンナさんは悪びれた様子もなくさらりと言ってのける。わたしはそれが心配できたのだ。だって1人で悩んだところで昇華できないし。アンナさんははっきりしていて、自信があって、話がわかって、恋愛の先輩で、やっぱり頼りになる。ついつい頼ってしまう。

「それがわかんなくて…」
「ふうん」

アンナさんはまた煎餅をかじりながらテレビに視線を戻した。ボリボリと美味しそうな良い音が聞こえてくる。その音が消えると、今度はアンナさんのよく通るアルトの声がした。

「そんなのわたしなんかいっつもよ」
「え」
「あのバカなに考えてるかわかんないけど、毎日ふらふらしてるのよ」

現に今日だっていないでしょう、とアンナさんは言った。わたしはアンナさんの顔を見たけど、アンナさんは変わらずテレビを見ていた。いつもの凛とした表情だ。怒っているふうでも悲しんでいるふうでもない。でも実際、わたしにはアンナさんのほんとの気持ちはわからなかった。わたしが碓氷さんを好きなように、アンナさんだって葉さんを愛しているんだから心配でないはずがない、と思う。

アンナさんが口を開いた。

「でもまあ」
「はい」
「あんたはやることやってるんでしょう」
「へ?!」

あからさまに動揺するわたしを見てアンナさんはニヤリとわらう。
それからすっと白い腕を持ち上げると、わたしの首筋を指差した。

「キスマーク、」

わたしは慌てて首筋の赤い痕を隠す。顔が真っ赤になっているのが自分でもわかった。アンナさんは面白そうに笑っている。ああ、碓氷さんの馬鹿!見えるところにつけないでって言ったのに!

気が付くとアンナさんは真っ直ぐにこちらを見ていた。その口元には笑み。

「あいつはそんなに器用じゃないから大丈夫よ」

わたしは必死に平静を装って口を開く。

「っていうのは…」
「二股できる男じゃないってこと」

それはあんたが1番わかってるでしょう、とアンナさんは笑った。釣り目がちの瞳がかすかに細まるのがとても綺麗でつい見取れてしまった。すごい。大人の女性って感じ。

それから、わたしはまたアンナさんに助けられたなあと思った。わたしもお返しをしなければ、と思ったけれど、気の利いた言葉を思い付く前にアンナさんは「あとでわたしも問い詰めてやんなきゃ」と自分で解決していた。やっぱりアンナさんは大人だ、と思う。とりあえずアンナさんも葉さんの帰りが遅いことを気にしていたらしい。それだけはわかった。




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