御注文品/承り物

□バラ色の果実
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差し当たっての仕返しに、葉はその顔面をハオのワイシャツへと押しつけてやった。









「いらっしゃいま、せ‥‥」

ミュージックショップで出迎えてくれたのは、明るい女性店員の声だった。しかし流石の店員も、手術室の医師がそのまま抜けてきたような出で立ちの双子の姿には戸惑いを隠せないようだ。
顔面からハンバーガーに突っ込んだお陰で襟回りがケチャップ塗れな葉と、その葉に引っ付かれて左肩が真っ赤なハオ。
彼女がこれを変わったファッションとでも認識してくれることを願いつつ、葉は新譜のコーナーに向かった。せめてサビの一部くらい試聴出来ないかと思っていたのだが、どうやらシングル一枚試聴可能な様子だ。
ハオはパッと見大惨事のまま、民俗音楽のCDを物色していた。周囲の客が、ケチャップ塗れのシャツを見てはコソコソと噂し合っている。
そんなハオがちらちらとこっちを睨んでいるのだ。事情を知らない者が見ればほとんど心霊現象である。

「ま、それはそれとして‥」

事情を知っている葉は、綺麗に無視してずらりと並んだ新曲に手を伸ばした。
派手なジャケットを裏返し、曲名を確認しながら備え付けのヘッドフォンを手にとる。
やがて流れ出した心地よいサウンドは確かに初めて聴くものだ。葉はこの上ない幸福を噛み締めながら目を閉じた。

「ああ、Bobはいいなぁ‥」

力強く刻むベースラインに、流れるように自然に耳に入るメロディ。
感動の余りじわりと涙が滲んできたが、葉は拭うこともなく聞き惚れていた。
‥‥‥のだが。

「うわああああああ!!!」

次の瞬間葉の絶叫が店内に響き渡った。
突如として現れた血塗れ双子が音源とあって、客の視線が二人に集中する。
いつの間にか葉の隣りに立っていたハオは、ヘッドフォンの音量から手を離してニヤリと笑った。

「は‥ハオてめぇ!!」
「静かにしろよ、迷惑じゃないか」

確かに、気付けば集まる視線が痛かった。不本意だがこんな事で目立ちたいとは思わない。さっきとは違う意味の涙目で、葉はむっと黙り込んだ。
そんな葉を見て満足したのか、ハオはニヤリを引っ込めて店の奥を指差している。

「それより面白い物見付けたんだ。お前もちょっと見てみろよ」
「‥‥‥おもしろいもの?」

ハオの指した方に目を向けると、そこはどうやら楽器と楽器用品のコーナーらしい。ショーケースの中で金属の楽器がキラキラと煌めいていた。
しかし楽器なんて、安くても何万はする品物だ。
困惑する葉を尻目に、ハオは楽器コーナーに向かってスタスタと歩き出した。怪訝な顔のまま、葉も後に続く。
素人には何に使うのか分からないような楽器用品の棚を抜けると、そこには楽器や音符をモチーフにした雑貨のコーナーが、小さく設けられていた。

「へえ‥‥、楽器屋にこんなん売ってるんだなぁ」
「値段もそんなに高くないし、アンナも音楽好きだろ?」

グランドピアノの形をした小物入れや、オーケストラをモチーフにした写真立ては、割に安価だが上品で可愛らしい。これならアンナも気に入ってくれるかも知れない。
と、その中に少し異質な品を見付けて、葉はそっと手を伸ばした。

「あ!これ良くねえ?」
「なんだそれ‥リンゴ?」

葉が手に取ったのは、小さな陶器のオルゴールだった。
どうやら陶器のようで、緑色の葉にリンゴの赤い実と白い花が沢山ついている。
アンナがリンゴ柄の雑貨を好んで使っていたのを思い出したのだ。

「ふーん‥いいんじゃないか」
「な、リンゴってのがポイント高いだろ!」

ハオの同意を得られた葉は、何気なくオルゴールのネジを巻いてみた。
可愛いリンゴの木は綺麗な音を響かせながら、ゆっくりと回り始める。
ところがそのメロディは意外なものだった。驚愕に目を見張る双子の眼前で、リンゴの木はクルクルと回る。


「こ、これは‥‥‥!」
「り、リンゴウラミウタ!?」


「リンゴウラミウタ」は、アンナいち押しのおっかない女性アーティストの、おっかない代表曲である。
この可愛いオルゴールが何故こんな選曲となったのかはまったく謎だが、ともあれ彼女へのプレゼントは、ここにめでたく決定したのだった。




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