御注文品/承り物

□4月のうさぎ
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さてその頃。葉をひっぱたいて飛び出したアンナは、川沿いの砂利道を大股で歩いていた。暖かい南風の吹く散歩日和だが、残念ながらアンナの頭の中は地獄の業火もメじゃないくらいに燃えたぎっている。
言うまでもないが、理由はもちろん先程の喧嘩(ただしアンナはダメージを受けていない)だ。葉は誰にでも優しくて、アンナはそんな葉が好きで。葉の気持ちを疑う訳ではない。けれどもあんまり余所ばかりを見られてはアンナも人の子、嫉妬くらいはしたくなる。
しかも今回はかなり決定的な現場も目撃してるのだ。葉にその気がなくたって、向こうは絶対に“その気”だ。黙ってなんていられない。

「……ムカつくわね」
「何が?」
「っ!?」

と、独り言に返された相槌に、アンナは息を呑んで振り返った。まるで当然のようにアンナの隣りに立っていたのは、どこかで見たような気がするハオの部下だ。
明るい、ほとんどオレンジ色の赤毛に淡い紫に透き通った瞳。
肩に箒を担いだ本場イギリスの魔女を前に、アンナは呆然と目をしばたたいた。

「ひとり?」
「……え、ええ」

相手が喧嘩腰だったなら迷わず受けて立つアンナだが、今日のマッチは妙に上機嫌だ。今にも鼻歌でも歌いだしそうな様子で、ニコニコとアンナの顔を覗きこんでくる。
だがアンナはハオの部下と、こんなフレンドリーな関係になった覚えは無い。取りあえず紫暗の瞳から視線を逸らしたアンナに、ところがマッチはニヤニヤと笑いながら尚も凭れかかってきた。

「あー、さては葉くんと喧嘩でもしたんでしょ?」
「…………だったら何よ?」
「い、いやっ別にだから悪いってハナシじゃないけどさっ!」

ハナシじゃないなら何だと言うのか。慌ててアンナの肩から飛びずさったマッチを、アンナはじっとりと睨み付けた。夫婦の問題をこんなアカの他人に口出しされれば、いかに菩薩の心を持ったこのイタコのアンナと言えど、漏れ出す殺気は抑えられない。
アンナの殺気と巫力に中てられて、マッチの持霊が小刻みにフルフルと震え始めた。マッチも主君とは一味違った恐ろしさを感じてか、慌ててアンナを宥めにかかる。

「ごめんって!違うよ!別にアタシ――」
「‥何が違うってのよ!」
「ああああちょっと落ち着いてイタコさん!」

ぶんぶん手を振って怯えるマッチを見て、アンナは取りあえず巫力を押さえた。確かこの娘は一つ年下だったはずだし、ここは多少でも先輩のアンナが引いてやるのも良いだろう。カボチャにO.Sされたままの持霊がちょっぴり可愛かったこともあって、アンナは少しばかり気を取り直す。
ふう、と力を抜いたアンナに、マッチはあからさまに安堵のため息を吐いた。本気で焦っていたらしい姿はそこらの10代の娘と変わりない。この彼女がハオの部下となった経緯を考えると、哀れみさえ覚える。

「……で?」
「何、で?って」
「だから、葉くんと喧嘩したんでしょ。なんで?」
「……………」

かと思えばこのセリフだ。懲りない……というのはシャーマンとして悪い資質ではないが、学習能力が無いのはいただけない。
それとも、危険の無い相手だとでも思われたのだろうか。確かにアンナはファイト参加者ではないものの、それはそれで舐められたようで腹立たしい。
アンナがそう考えた瞬間、自身の意思とは無関係に、あふれ出した巫力がまたも辺りを揺るがした。

「ひいっ!いや、だから違うって!」
「残念だったわね・・・仏だって2度目にはキレてるのよ!」
「うそ!3度まではセーフってハオ様が……きゃあああああ!!」

逃げるマッチ目掛けて、アンナの後鬼がビーム状の巫力を放つ。ところが辛うじてビームを避けたマッチの目の前で、今度は前鬼が斧を振り上げていた。まずい、と腕で顔を覆う。その寸でのところで、斧がピタリと止まった。



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