御注文品/承り物

□4月のうさぎ
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「ハー――オー――!!!」
「な、よ、葉様!?」

駆け出した勢いのまま、葉はハオの宿舎のドアを力任せに蹴り開けた。
たまたま近くにいたターバインが慌てて臨戦態勢に入ったものの、飛び込んできたのが葉だったせいでどうして良いか分からないらしい。
騒ぎを聞きつけてわらわらと集まって来たザンチンやブロッケンも、困った様子で立ち尽くしている。

「あの、葉様?」
「‥‥‥ハオは?」
「は、ハオ様なら、その‥‥」

自然と低い声が出た。ターバインが一瞬身を竦ませたので悪いと思うが、今はそんな場合ではない。
葉は自分では至って普通に――ただし周りからすればまるで睨みつけるように――周囲を見回した。
とにかくハオに会って、一緒にアンナのところまで連行するのが最重要課題なのだ。意地でもハオを引っ張っていかなければ。
…と、葉が決意を新たにザンチンを怯えさせた、ちょうどその時。

「ちょっと……もう何なんだよコレー!」
「ハオ様!どうか動かないで‥‥ああっ!!」
「ぎゃああああ!!!」

異様にテンションの高い叫び声が宿舎の奥から聞こえてきた。間違いない。ハオとラキストだ。
その声に何となく事情を理解した葉は、少し気の抜けた顔でターバインを呼んだ。

「‥‥‥あのさ」
「は、はい?」
「料理用でも構わんから、何か油みてえのあったら持ってきてくれんか」
「はあ‥‥」

訳が分からない様子のターバインは、それでもすぐに何かの花の油(料理ではなく呪術用らしい)を準備してくれた。これで取りあえず、あの叫び声を黙らせることはできるだろう。
それにしてもまだ済んでいなかったのか、と葉は憂鬱な気分でため息を吐いた。


「‥‥ハオー?」
「痛い痛い痛い………あれ、葉?」

浴室のドアを開くと、湯気の熱気がむわりと肌に纏わりついてくる。
服を着たままでこの熱気に触れるのはあまり気持ちの良いものではない。
葉は顔をしかめたが、目下混乱中のハオとラキストはそんなことお構いなしのようだ。
ハオは擦りすぎて赤くなった目で不思議そうに葉を見た。髪の毛は何だかグシャグシャで、これが兄でご先祖様だなんて到底信じたくない出で立ちである。

「ラキスト、ちょっといいか?」
「は、はい……」

とにかくまずはこの、酷いことになっている頭の方から助けてやるのが先決だろう。
葉はラキストの横から、ゴチャゴチャの癖の付いてしまったハオの長髪に手を伸ばした。

「………寝込みをやられてんだろ。結構やるもんだな、花組も」
「だろ、僕もまさかここまでとは思わなくてさ」

ハオが毎日病的な程に手をかけている滑らかな黒髪が、今や見る影も無い。
ラキストは手先が器用そうだが、葉やハオに比べれば指先も太い。こんな作業には向いていないのだろう。
ヘアゴムやらヘアピンやら何だか分からない針金やら、ごちゃこちゃと絡み付いたそれらを葉がスルスルと外していけば、ラキストは申し訳なさそうに身を縮める。

「すみません葉様‥‥」
「いや、お前が悪いんじゃねえだろ」

しばらくしてヘアピンが小さな山を形成する頃、漸く葉はハオの頭から手を離した。
細かく編み込まれていたのを外したお陰で、ハオの頭は何だかおもしろいことになっている。

「なんかオパチョが喜びそうだな」
「………止めてくれよ」

葉の軽口に、ハオは消え入るような声で答えた。どうやらこの惨劇が本気でショックだったらしい。
それならと葉は髪の毛の話題を打ち切って、持ってきた油のビンを手に取った。

「こういうのって、石鹸じゃダメなんだってさ。ちょっと目ぇ瞑っとけよ?」「ああ、うん……悪いね」

本当は専用の洗剤があれば、こんな面倒は無かったのだが。
葉はそんなことを思いながら、ハオの睫に塗られたマスカラを擦り落とした。





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