御注文品/承り物

□4月のうさぎ
6ページ/8ページ

--------------------------------------------------------------------------------


バーンッとテーブルを叩いた音が静かな店内を揺るがす。

「どういうこと……?」
「……そのままの意味だよ」

周囲の視線を集めるのも構わず低い声で呟けば、カナは煙を吐き出しながら面倒臭そうな言った。
しかしその頬には冷や汗が一筋流れており、隣のマッチは真っ青な顔を引きつらせている。

「つまり、あの時アタシが見たのは……」
「多分‥‥ハオ様」

アンナは無言のまま、今度は椅子を蹴りつけた。店員のパッチ族が何か言いたそうな顔をしているが、アンナに面と向かって文句を言える十祭司などほぼいないといて良い。そんな事よりも、アンナは今のカナの話を脳内で何度も反復した。
数日前、たまたまパッチの土産屋で綺麗な赤い晴れ着を見つけたマッチが、「ハオ様なら似合うんじゃない?」と考えた事に始まる一連の悪戯の話だ。
マッチは念入りに作戦を練り、何でも今朝、ハオにその晴れ着を着せて逃げることの成功したらしい。
普段ならただの笑い話で済ませられるところだが、この状況ではそうも言っていられない。
何しろアンナが葉と一緒にいるところを目撃したのは後姿の女の子、しかも着ていたのは赤い振袖で・・・・

「………最悪っ!!」

ギリ、と奥歯を噛み締めたアンナは、残ったケーキを口に押し込んで店から飛び出した。
向かうのはハオの宿舎だ。恐らく葉もいるに違いない。





「おー、すっかり元通りだな!」
「ああ助かったよ、葉」

それから一度シャンプーを済ませると、ボサボサだったハオの髪の毛はすっかり元通りになっていた。
心底ホッとした様子のハオを見ると言い難い話ではあったが、背に腹は変えられないというヤツである。

「でさ、さっぱりしたところ悪いんだけど……」

ぽつぽつと事情を説明すると、穏やかだったハオの表情が少しづつ曇っていく。
だから一緒にアンナに謝ってくれねえか、といい終えた頃には、ハオは顔を真っ青にしていた。

「は、ハオ……」
「それは、つまり‥‥見られてたってこと、アンナに?」

気の毒だがそういうことである。ハオがアンナに言い寄るのには反対だが、これ以上兄が変態呼ばわりされるのもあまり頂けない。
ハオの僅かに震えた声に、葉は鎮痛な面持ちで頷いた。その時だ。

「葉っ!!!」
「「!!?」」

大音響と共に、部屋のドアが吹き飛ばされた。
目を見開いた双子の前に、ドアの残骸を踏み越えて入ってきたのは言わずと知れた葉の許婚だ。
アンナはまず部屋の隅に投げ捨てら太赤い振袖に目を留め、それから風呂上りなハオを睨み付けた。
その、隣で見ていた葉でさえ震え上がるような視線にさらされて、ハオが盛大に飛び上がる。

「あ、あ、アンナ!違うんだよ!?僕は決して普段からあんな格好をしている訳ではなくて、今朝はたまたま花組に無理矢理……」
「五月蝿いわよ変態」
「へ、へんたい!!?」

可哀相なハオは、その一言で動かなくなった。
気の毒な兄を慰めてやりたいとも思うが、それよりも葉は、目の前の許婚にどう接すれば良いかでいっぱいいっぱいだ。
葉は困り顔で頭をポリポリ掻きながら、ゆっくりアンナに近寄った殴られたら殴られたときだ。

「あのさ、アンナ……?」
「‥‥なによ」

しかし近づいてそっと顔を覗きこんでも、アンナの腕が振り上げられる様子はない。
ここへ来たという事は、事情はもう分かっているのだろう。ならばどうしたらアンナの自尊心を傷つけずに仲直りできるかだ。

「その…、ゴメンな?」
「‥‥何であんたが謝るのよ」
「だって、ほら、不安にさせちまっただろ」

だからゴメン、と頭を下げれば、アンナは困ったように視線を揺らした。
葉の目から逸らした視線が左側頭部の包帯に留まると、今度は少し泣きそうな顔になる。

「あたしの方こそ……ごめんなさい、葉」
「アンナ‥‥」

そっとアンナの肩に手をやると、細い肩が僅かに揺れた。
それがとてつもなく可愛くて、葉はその手に力を込める。
そしてふ、とアンナが微笑んで力を抜いた………その途端、

「『世界は世界に非ず〜!!!』」
「うわっ!!」
「!!」

妙に澄んだ歌声が辺りに響き渡り、葉とアンナは飛び上がった。



.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ