ひより
□お菓子に群がるという点ではあんたもこいつも同じでしょう!?
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「いやあああああああああああああっ!!」
裁きの真っ最中に、その声は響いた。大王が、天国ね、と笑顔でキメて、彼の天国行きを見送った、その直後に、まるで女みたいな叫び。
しかしその越えは紛れもなく男の、大王の声だった。僕は石弓に弾かれたように彼の方へと向き直った。
「どうしました大王!?」
「おおおおお、おに、おにお、く……」
青ざめて僕を見つめる大王。よくみると、腹の前の引き出しが開いていた。そこに何かあるようだ。
あるといっても、そこは大王のお菓子が隠してあっただけな気がするけれど。
「……何、ですか?」
「あああああ、え、ええ、っと、む、むむむ…」
「はあ?」
ろれつが回りすぎて何を言っているが逆に分からなくなっている大王を椅子ごと押しのけて、開かれている引き出しを覗き込んでみた。自分の影で暗くて、良くわからない。しかし動くものの気配もなければ鳴く声も聞こえない。一切問題のないように見えた。
「……何もいないじゃないですか」
「嘘だ!オレは確かに!あいつと目があったもん!」
反論の言葉くらいは言えるようになった大王が、僕の異常なしの言葉にすかさず反応した。目を見ると真剣で、嘘をついているとは思えない。
「あいつ?」
「あいつだよ!ほら、あの、うじゃーってしてる名前もいえない……!」
「はあ?」
「引き出しがたがたしてみてよ!きっと出てくるから……あ、ちょっと待って!もっと下がるから!」
地面を蹴って椅子を進める大王に、僕は半ば呆れさえ覚えた。とにかくまあ、こんなに大騒ぎするくらいだから何かいるのだろう。大王の言うとおり、がたがたと引き出しを揺らしてみる。大王のお気に入りのお菓子が入っているピンクのハート型の缶がその揺れについてくる。
にゅるり。
茶色とも、黒とも形容し難い。しかしそいつは身体を横に波のように揺らして逃亡を図っていた。
「うわっ!」
人間の世界でいう、ムカデとかいう生き物だったか。
僕の驚いた声に、大王が過敏に反応して「ひいっ!」と情けない叫びを上げて椅子を鳴らした。また後ろに下がったのだろう。
そいつを見るのは初めてだった。おそらく規格外にでかい、とかそういうわけではないだろう。僕の手のひらほどの大きさも、指ほどの太さもなかった。
うしろでごちゃごちゃ五月蝿い大王のために、爪を伸ばしてそいつをつついてやった。僕の爪はそいつを貫いて、机をこん、と鳴らした。
「やっつけましたよ。大王」
「え……本当?」
「ええ。ほら」
爪を見せると大王は再度青ざめた。肩を上げて、椅子に抱きつき叫びなおした。うるせえ!と叫んで虫ごと貫いてやろうかとも思ったがやめておいた。
「ちょ!何してんだよ鬼男君!爪が!君の爪がイカれちゃうでしょ!」
「こんなことで爪がイカれるか!」
「でもでも、そんな!そんなものオレに見せないでよ!まだ動いてる!動いてるって!」
確かに、爪で貫かれたままそいつは蠢いていた。うねり、曲がり、どうにかして僕の爪から脱出しようかと必死な様子だった。確かに気持ちが悪い。
「鬼男君!もう!もう外にやってよう!」
そしてこのおっさんも必死になってこの小さな命から自分の身を守っていた。どんな小さな命も平等に扱う閻魔大王じゃなかったのかと呆れてしまう。
そして何より五月蝿いから、爪で暴れるこいつより質が悪い。
「鬼男君!はやくううう!」
「あああああああ、もう!うっせえええ!」
お菓子に群がるという点ではあんたもこいつも同じでしょう!?
(五月蝿くないからこいつのがまだマシですよ!)
(オレって節足動物より下なの!?)
2009.09.05