ひより

□守るべきものができて、
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もう、何十年も会っていない古い知人がいる。人生の先輩とも言える大切な知人だった。先日太子が妙に嬉しそうに、小野と彼の三人で天体観測に言ったんだ、などと言うので彼を夢に見てしまった。そしてそれがまたきっかけとなって、自分の心にとうに忘れたはずであった幼少の記憶が首をもたげて足を運びたくなる。
しかしながら自分も朝廷内でそれなりの地位につき、毎日充実した日々を送っているので会いに行く目処も立っていない。自分の勤勉さが疎ましくなったのは初めてかもしれない。現在の充実した生活をしがらみであると感じたのも初めてだった。暇が出来ないこの生活が、意外と性に合っている、と思っていたのだけれど。
つらつらと紙の上で墨を流していた筆を置いて、ふう、と溜息をついて見ると、周りの人間の肩が跳ね上がった。そんな気がした。一応すまない、と呟いたがもごもごと篭もった声だったのでおそらく聞こえてはいまい。
締め切られた障子の向こうを想像すると、いかにも冴えた青空。今日はまともに空を見た覚えがないから、純粋な想像だ。しかし何故か自信があって、同時にその空の下を歩きたいと願ってしまった。出来ることなら彼と一緒に。
……だから、そんな時間は無いというのに。

「……はあ」

一つ、また溜息。二度目のそれに過敏に反応する輩は見受けられなかった。皆耐えているのか、あるいは私が人間らしく悩みを抱えていることに気付いたのかもしれない。もし耐えているのだとしたら、私もこの子供染みた反抗を止めてみようか。
私は一つ大きく息を吸い込んで飲み下して筆を取った。



守るべきものができて、大人になった
それでもまだ、貴方が好きです
(我慢が出来る人が「大人」だと教わったので)





2009.11.19


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