ひより

□静寂を切り裂いた軍馬の轟き
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※現代で政治家をしている妹子と太子。







小野妹子は下らないな、と知人程度の付き合いしかない議員三人を一蹴した。議事堂から出て行く際に、すぐ近くで談笑していた先輩議員らの話が聞こえてきてしまっただけだ。もちろん口に出すことはせず、心の中で、ただひっそりと思う。ただ、一瞬立ち止まってしまったことをごまかすために軽く咳払いをしてから物々しい扉を引いた。
開けた視界は妹子に大量の環境光を注いだ。眩しくて思わず目を細めて虹彩に出来るだけ日光が入らぬように俯いて歩いた。
時間は昼下がり。背へ光を浴びせる太陽は高い位置にある。影が低く出来て、妹子の視界の明度を落とした。
道を進むにつれて今までの記憶が整理されて、そして反芻せんとばかりに脳裏に焼き付けたものが前頭葉あたりに思い出された。
議会の内容と、次回までに必要な資料。最後に、先ほどの議員らが頭に浮かんで妹子をいらつかせた。

(僕以外にも、世襲議員なんて大勢いるのに)

彼らは妹子が気に入らないようで、あちこちで話のネタにする。
例えば聖徳内閣の金魚のフンだとか、総理のお荷物だとか。
今日話していたのは、妹子の祖父からの世襲という点だった。

――小野先生は優秀であられた。けれどその孫は、何かを成しそうにない凡庸な人種だ。
まあ、まだ若いということもありますし、今後に期待ですよ。……まあ、期待出来るようなことなど。総理について回って、彼の後光のお零れを頂戴しているような彼にあればの話ですが。

思い返しただけで腹立たしい。勿論自分に至らない点があることは事実であるし、祖父を認めてくれているのだと思えばその点については感謝も出来る。しかし、どうしても総理の後光の一部を掠め取るために今この立場にいると思われていることは心外だった。
金魚のフンであることに間違いないから否定をするつもりはないけれど、それはあくまで時間が出来た時に過ぎない。やるべきことはきちんとやって、それからそうした勉強の為に総理の元を訪れているだけだ。決して彼の手柄の一部でもくすねて我が物になどしてはいない。
陰口を叩いていた議員らに、僕の様子をいちいち監視しているくせにそんなことも察せないのかと嫌味の一つでも言ってやりたくなる。

一つ大きく息を吐いて、ふと状況を確認する。
目の前には駐車場。妹子の乗ってきた車もある。勿論、これからそれに乗る。日光よりも強い光と、議員よりもうるさい連中に囲まれているであろう人を救出に向かうのだ。乗り込んで、鍵を回し、エンジンをふかした。



「お待たせしました、総理」
「待ってたよ」

後部座席にぐたりと乗り込み、大きくスペースを使う聖徳太子をフロントミラーで覗き見て、妹子はくすりと笑った。

「すみません。まさかあんなにマスコミ陣営が多いとは思っていなくて」
「今日は私が特に推してるって言った法案ついての初めての審議だったからな。まあ仕方がないと思う一面があることも事実なんだが」
「あれって結局通るんですか?」
「通すよ。あれのためになったようなもんだ」

太子は笑いながら溜息をついた。
今日の審議は、太子一押しの法案についての是非。内容は小難しい言葉を使わずに要約すると、防衛に関する法律の改正だ。領域侵犯を行った不審船などが日本への攻撃意思を表した場合に日本が現在施行している行動を、更に迅速に対応するための設備等の強化をするための法律であったと妹子は記憶している。
太子がここ数年で領海侵犯や領海法などに関するデータをかき集め、今の行動の穴を見つけ出し、事細かに補強を行った、太子自信の法案の一つだった。選挙中に何度も説明していたし、おそらく政治、国防に興味のない国民にも充分浸透しているだろう。そしてそれだけ、国民が注目している政策だといっても良いだろう。仮に彼らが注目していなかろうと、聖徳政権きっての大切な法案であることは間違いがない。
太子にとっても大切な法案であり、大切な議会だった。マスコミ連中がいつにも増して言葉を頂戴しようと殺到することも当然といえば当然だった。
そんな、全てが当然の結果であった果てに、今がある。
車内での移動時間が、太子にとってくつろげる少ない時間の一つであることは、妹子もよくわかっている。そして、最近の彼がふと息をついた瞬間に意識を何処かへ飛ばすのも、知っている。フロントのミラーから覗き見ると、今日も太子は目を瞑って黙っていた。体も力が抜けて、居眠りを始めている様子であることがわかる。おそらく、妹子が少しでも太子を呼ぶと目を開けるのだろう。
薄い唇を若干半開きにしても、公務時の凛とした表情を残して揺れに体を預けている太子に、妹子はどこか違和感を覚えて笑った。

これではいけないと前方に注意を払おうと、目線をアスファルトに向けた。すると視界にちらりと入るサイドミラーに、小さな違和感を覚える。
時間の都合だろうか空いている道路と空を分かつところに小さく車がいた。数台だ。徐々に近づいてくるような気もする。これだけ離れているので流石に車種までは判断出来ないが、ワゴン車だろう。ちょうど、カメラやマイク、その他機材を運ぶのにはおあつらえ向きそうな。
嫌な予感がした。

(つけられてる?)

いや、まさか。
そうは思ったが、ネタのためならどこまでもついていこうとするのが彼らの性であることも承知している。総理の次の予定は、国際便の飛行機に搭乗することだった。彼らなら、国際的な会議に赴く直前の太子に二言三言喋ってもらおう位のことは思っているだろう。ひょっとしたら、あの車たち以外はもうすでに空港へ先回りしているかもしれない。
……思い過ごしでなければ、あの車は何のために我々をつけているのか。
妹子はステアリングを強く握った。自分の運転を後ろから観察されているのかもしれないという恐怖と、考え始めることと安全運転を両立させるための気合の注入のつもりだった。

(……太子のプライベートか)

意外と早く結論がついた。おそらく、公務と公務との間に、人気の首相がどのような表情でいるかを撮りたいのだ。だとしたらまずい。フロントミラーに目をやると、相変わらずの太子が後部座席のど真ん中を陣取っていた。起こしてやるか振り切るかしないと、内閣の支持に差支えが出るだろう。ことの前後や背景を無視した、総理大臣が車内で居眠りをこけている写真や映像だけが流出したらどうなるかは想像に難くない。
しかしそれでも、フロントミラー越しの総理大臣に妹子は声を掛けられなかった。激務で疲れているから、微妙に揺れ動く車内で少しだけ休憩を取っているだけではないか。国の為に誠心誠意尽くしている結果ではないのか。
出来ることならこのまま寝かせてやりたい。
ふと、出て行く際の先輩議員のやり取りを思い出した。

(……後光のお零れなんか、)

もらってませんよ。と言葉を口の中で噛み砕いた。
妹子は無言でサイドブレーキとアクセルを操作した。
国を侵略するかのようにゆっくりと距離を詰めようとするマスコミ相手に対し、総理の乗る車両は一瞬大きなエンジン音を鳴らして広いアスファルトを駆け抜けた。
ちらりとミラーを確認すると、太子は目を閉じたままだった。





静寂を切り裂いた軍馬の轟きが
彼方に広がる地平線を越える
(実力行使に出てでも俗物から守っているというのに)





政治パロです。
日記辺りでごめんなさいを言う予定。
2009.12.08


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