ひより

□馬鹿は馬鹿なりの考え方があるんだ
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身の丈よりも長いマフラーを二重に巻いて前で結んでいる。首と口あたりまでもこもこしていて、気持ちがいい。
私はいつものジャージとそのマフラーという軽装備の中で妹子を待っている。身を刺すような気温も、妹子を待つためだと思えば何のことはなかった。でも流石に寒いので、かじかんだ手はジャージのポケットに突っ込んだけど。

今日は特に冷える。明日もこんなんかな。と木に寄りかかり空模様を見て察するが、お天気のことなんて私にはわからないから、明日の空がどうなっているかなんて言い当てようもない。自分のわからないことを考えるのはめんどくさいから、止めにした。
見上げた空は、灰色だ。おもっくるしい灰色の雲が、私の上で広く敷き詰められて、曇天を形成していた。太陽があるからか、南の方が他と比べて明るい。

「……あれ?」

そういえば、さっきよりもその位置が大分ずれている。日が隠れているので時間はわからないが、どうやら私は妹子を大分待っているらしい。
時間の経過に気付くと、体がいち早く反応した。くう、と小さく腹が鳴った。お昼前に出てきて、それからご飯も食べずに待っているのだから無理もない。むっちりした私の体がひょろひょろになってしまう前にご飯を食べるべきだと警鐘を鳴らす腹を押さえた。

(……妹子がご飯持ってるしなあ)

今日の待ち合わせの理由は、妹子と二人で冬のピクニックをするためだ。大体の仕事は妹子が担当。お弁当作りも妹子がやると決まっている。私は待ち合わせの場所取りをする係。見事なワークシェアに惚れ惚れすると自分で言ってみるが、聞いてくれるような奴がいない。つまらないと口を尖らせてもだれも反応しないので、もう何も発しないことに決めた。

しかし待てども妹子は来ない。仕事をちょっと片付けるだけですからねー。とか言ってたのにちっとも来やしない。奴の「ちょっと」の定義はいったいどの程度のものなのだろうか。文句ついでに聞いてみたい。

「あー……」

ふと、足に違和感。外見には特に異常がないように見えるが、何らかの波が内側から押し寄せてくる。痺れとも痛みとも痒みとも違うのだけれど、何とも言えないこの感じ。正体がわからなくてもこれは立ちっぱなしからくる疲れなのだろうとわかったので、早々にしゃがみこんだ。
再度見上げた空は依然変わらず灰の色だ。ほとんどさっきと変わらない。こんなに寒くて雲がいっぱいなら、いっそ雪でも降ればいいのにと思う。その方が気持ちがいいし、綺麗だし、何よりまた妹子と遊ぶ口実が増えるのに。
まあ、所詮私一人が願ったところで叶うわけがないのだけれど。

「……はあ」

マフラーの中で溜息をついたら、マフラーと顔の隙間から白い煙が立ち上る。温かいそれはほわりと浮かび上がって、空気の中に溶けて消えていく。
面白いほどあっさりと、消えていくので、もう一つ。今度はマフラーを口から離して。

一度目よりも太い煙が上り、同じように空気中に戻っていく。その光景の背景が曇天なので、まるで雲に溶けていってるようにも見えた。そしてもっと寒くなったら、今出した息は雪としてここに戻ってくる気がした。
雲に雲を付け足す行為であると、私の中で今の行動に意味をつける。嘘でもいいのだ。何となく行動が納得できるものになるならば。
それがあるからこそ、私は心置きなくこの行動を続けられた。
はー。はー。
息を吸っては大きく吐き、雲を作って空へとかえす。

(本当に雪が降ったりして)

本当にそうならいいのにと笑ったら、その分の息が漏れて上へと消えた。思わず胸が躍った。私が今少しでも息を吐くだけで雲が作られるのだ。雪になるかもしれない。いや、きっと明日は雪だ。
そうしたら、妹子と遊びに行くんだ。雪合戦したい。雪だるまも作りたい。かまくらも、雪兎も作りたい。
情景が浮かべば浮かぶほど心が弾んで、笑みが漏れた。雲が口の端から零れる。それをみてまた楽しくなって、またやりたいことを追加して、笑って。
何度もそれを繰り返して、寒さもここにいる理由も忘れて夢中で息を吐き続けた。

「はーっ。はあーっ」
「何してんですか」
「はあっ、……妹子!」

ぐるりと後ろを振り返ると、木の隣に温かそうな麻服と耳当ての妹子が眉根を寄せて立っていた。奇行を咎めるような目つきだったので、思わず私は決して変なことをしてたんじゃないぞと釈明した。

「じゃあ何してたんですか?」

「雲を作ってたんだよ」

「はあ?」

どう考えても雲の製造に否定的な感想しか抱いていない表情だった。でも妹子の開いた口からほわ、と煙が立ち上ったのが何だか滑稽だったので、摂政に向かって馬鹿にした視線を送ったことは咎めないことにした。

「あのな、こうやって、はーってやると白いのが雲に溶けるみたいだろ」

「いい年して何を……」

「何だよ、元はといえば妹子がいけないんだぞ!」

「何で僕のせいなんですか」

「お前が全然こないからー。ほら、やってみろよ妹子も。ほら、はーって」

「ちょ、ああもう臭い!カレーの臭いすごっ!」

「あぐっ!ちょ、何で近づいただけで顎をガッ、てすんの……」

「あんたが急に近づくからでしょう!?」

私の雲製造の邪魔をした妹子は寒さからか顔を真っ赤にして、私から一歩距離をとった。
ちょっと気に食わないけれど、騒いだ途端に腹の虫が活動を活動を始めたので目的地へ急ぐことにしよう。
顎をさするのを止めて、マフラーを巻きなおした。

「もういいや。お腹空いたしいくぞ妹子!」

「はいはい。お昼作ってきてあげましたよ」

「中身は?ピザ?」

「おにぎりですよ」

「ピザおにぎり!?何それなんかすごそう!」

「言ってねえだろそんなこと!」





馬鹿は馬鹿なりの考え方があるんだ
解らないくせに邪魔すんな
(まあ解るように説明しようとも思わないけどね)
(だってめんどくさいじゃん!)






アホ太子を初めて書いた気がする
2009.12.16


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