+ 話 +

□きっと、その時は。
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髪を引っ張られる感覚に、千歳は目を覚ました。

目の開ければ、薄茶の独特な瞳が至近距離でこちらを見つめていた。


「……鷹、丸……?」


キキッっと返事が返ってきた。

未だに横になったままの千歳に呆れたのか、その立派な翼を数度羽ばたかせる。

寝起きのせいか、頭がボーっとする。
鷹丸って何だっけ?
たかまる、高まる、……鷹丸!!

バサッ、っと体を起こす。
やっと覚醒した脳は、周りの情報を高速で捉え始めていた。


「主の部屋……確か、昨日、酒を飲んで……」


薬を盛られたんだ……


「そうだ、そうだった……あんのお転婆が……」


般若のような顔に鷹丸は一歩後ずさるが、こちらとて朝飯抜きにされては困るのだ。
催促するように、千歳の指を甘噛みする。


「ん? あぁ、済まない。後で持っていくから、もう少し待っていてくれ」


……主人の『後で』は信用ならない。

主人の主、つまり時実という人間が絡むと、主人の頭にはもう鷹丸のことなどなくなってしまうのだ。
今まで何度、朝飯抜きにされたかわからない。

とても賢い鷹丸は、主人の頭に一発蹴りをお見舞いすると、朝飯を狩りに青空へ飛んでいった。


一方、賢い飼い鷹に蹴られた千歳は、それでも怒りが収まらず、主に説教をしようと立ち上がった。


「!!」


だが足が体を支えきれず、すぐに倒れ込んでしまった。

下が柔らかい布団であったため痛みはないが、精神的な意味で衝撃を受ける。


「くそっ……面倒だ」


忍である自分は、あらゆる毒に対して耐性をつけている。
それでも気づかないほどの少量で、これだけの効果を得られるのだからあの薬は相当強い。


「あー……どうすっかな」


動くのは諦めた。
ごろりと横になる。

鷹丸が出て行った方を見れば、陽はまだ東の方にある。
思ったより時間は経っていないらしい。

それから、部屋を見渡せば隅に畳まれた布団があった。

……本当に隣で寝ていたのか。

寝顔を拝見できなかったのは残念だが、見られていたと思うと恥ずかしい。


(隣で寝るなんて、)


なんて、おこがましい。

不可抗力だったからといって、忍にあるまじきこと。

後悔と羞恥と申し訳なさと。
ないまぜになった気持ちは、それでも喜びに温かい。


(のぼせそうだ……)


温かいぬるま湯に浸かって、忍の冷たさを忘れたくなる。


それでも。
今感じる温かさも、闇に染まる冷たさも、どちらも本物で。


この温度差にのぼせそうだ。


幾分か落ち着いた気持ちを噛み締めると、千歳はゆっくりと瞳を閉じた。







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