+ 話 +

□逢い見えるために。
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己以外に立っている者は居なかった。

その事実に人知れず拳を握る。




自軍の訓練のために、城下を離れ山を超えた荒れた土地へ来ていた。
食料は最低限、武器は一つのみ、簡単な陣幕はあっても天幕は持ってきていない。
岩と砂と尖った木々が点在するだけの土地で、400いる騎馬隊の人間を2つに分け模擬戦を繰り返す。

そうしてひと月。

まともに立って戦える状態の者は、ほんの一握りであった。


「……隊長、ここが限界だと思われます」

「まだだ」

「確かに食料はあと6日と帰りの分は保ちますが、山で確実に死にます。馬も人も」

「……わかった。終わる。早急に支度を整え、2刻後進発する」

「はっ」


略礼をし、怒鳴りつけながら陣内を回る部下を見送る。

彼は良くできた部下だ。
頭も弁も腕も達つ。
上に立つ者の資質もある。
しかし、応用の利かない男だった。

何よりも、致命的な弱点だった。

臨機応変に動く事は万事に通じ、出来ない事それはつまり死を意味する。
戦場で想定外の出来事に対処出来なければ、失うのは自分の命でなく仲間の命だ。


彼は、頭で戦をしてきた。

相手の動きを見て、攻めるなり守るなり奇襲をかけるなり、的確な判断で敵を倒してきた。

しかし、それが成功してきたのは相手が彼より頭脳戦が下手だったからである。
もし、彼よりも頭のキレる、知勇に優れた相手が現れたら。
彼は確実に負ける。
負けるでなく全滅もあり得る。


ギリリ、と奥歯が鳴った。

惜しい、のだ。
彼が有能であるのはかわりがなく、今のままでもこの軍には絶対必要なのだから。
ただ、今一つ足りない。




俺に、着いてこれない。








詰めていた息を吐き出し、握り過ぎて強張った手を解す。

周りが本格的に帰る支度をし始めたのを確認すると、陣幕の中へ戻った。

無い物ねだりをしていても仕方がないのだ。
ならば、どうやってあの部下を育てるかを考えればいい。


うっすら予想している結果を思って、隊長と呼ばれた男――楊愁<ヨウシュウ>――はひっそりと目を閉じた。








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