+ 話 +

□その瞳に写るモノ。
1ページ/7ページ









彼と一緒になることは、嫌ではなかった。
むしろ、武家に生まれていながら好意を抱いた相手と一緒になれることに、幸せすら感じていた。
北邑と佐伊の国という違いはあるものの、父上は反対なさらなかったし、彼のお家も私たちの婚姻を歓迎している様子だった。

国境を挟んだ恋。
私は、幸せになれるのだと思っていた。


「鈴様、お早くっ!」
「裏口に馬を!」
「此方にお召し替えくださいまし」


口々に言われ、されるがまま動きやすい格好になり、連れて来られた馬の上に腰を落ち着ける。
何が何だかわからない。
屋敷に勤めていた者たちも、大きな風呂敷を抱いて周りにいる。
まるで、火事から逃れる時のような。


そこまで考えて、はて、と思う。

まるで、逃げる、みたいな。

馬の背で、呆然と動き回る人たちを眺めていると、その中に知った人を見つけた。
向こうも此方に気付いたようで、衰えた足を必死に動かして駆けてきてくれた。


「おばあ!」

「鈴様! ああ、降りてはなりません!」


そんな言葉も無視して駆け寄ると、肩で息をしながらも、真っ直ぐで必死な瞳とかち合った。



「おばあ、ねえ、これはどういうこと? 何でいきなりこんな、逃げる、みたいな……」

「よろしいですか鈴様。落ち着いて聞いて下さいまし。……佐伊の国と戦になります」

「いく、さ……?」

「恐らく総力戦にはならないでしょうが、間違いなくこの屋敷は巻き込まれます。ですから、鈴様は縁のあるお武家様の所へ預けられることになったのです。お父上や兄上様方は、既に国境に向かっております」


わけが、わからない。
何故、佐伊と戦になるのだろうか。
何故、家が、父上たちが行かなければならないのだろうか。
頭の中でぐるぐると色んなことが渦巻いていて、ふと彼の顔が浮かんだ。


「ぁ、あの方は!? 無事なのですか!?」

「鈴様……ああ、お可哀想なお方。あなた様は騙されていたのです」


おばあは何を言っているのだろう。
騙された? 誰に? 何を?
彼はあんなに優しいのに。


「あの方は、佐伊の国の将でありながら、我が国に寝返り、謀反の機会を窺っていたのです。全ては北邑のため。お父上は、あなた様との婚姻を条件に盟を結んでいたのです」


目の前が真っ暗になった。


政略婚だった事実はどうでもいい。
私も武家の女として、そのくらいの覚悟はあった。

ただ、あの方が、私を騙してたなんて信じられなかった。
信じたくなかった。

柔らかな笑みを浮かべ、愛おしそうに目を細めた姿を思い出す。
落ち着かせるように、ぎゅっと手を握る。


「私はっ、信じない……っ!」
「鈴様!?」


女だとて乗馬くらい嗜むのが、武家の女。
幸い動きやすい服に変わっていたので、そのまま馬に乗り上がって走らせる。

ごめんね、おばあ。
けど、私は信じられないの。


「誰かっ、誰か鈴様をお止めしてぇえ!!」


呼び止める声や、馬を止めようとする人を振り切って馬の腹を蹴った。

お願いよ。
お願いだから、嘘だと言って。








.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ