+ 話 +

□きっと、その時は。
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日は傾き、ちょうど頂点に達した頃。
ようやく体の自由が完全に戻ってきた。


「よし、主に説教でもたれにいきますか」


そそくさと布団をたたみ、隅に寄せる。

今の時間は稽古場にいるだろうと目星をつけ、襖を開けた瞬間。


ばったり。


そんな音が聞こえてきそうなほど、ちょうどよく主が目の前にいた。


「おぉ、千歳起きたのか!」

「……あぁ」

「よく眠れたか?」

「……おかげさまで、ぐっすりと」


それはなにより。と笑いながら、部屋に入ってくる。
その際微かに香った汗と鉄の匂いに、やはり稽古をしていたのだとわかった。


「主……」

「待て、着替えるから後にしろ」


覗くなよ。とニヤリと笑い隣の部屋に消えた主を見て、先程まであった怒りが一気に抜けてしまった。


「ったく、何なんだよ……」













「で、話とはなんだ?」

「……何でもない」

「そうか? だが、えらく不機嫌そうだが……」

「気にするな」


そっぽを向いて話す自分を見て、主は呆れたように笑った。


「素を出したいほどに苛ついているくせに。ふふ、まぁ何もないならいい。」


笑みを隠すことなく、主は女中に淹れてもらった茶をすする。

無地の濃紺の袴は主に似合う色だが、どこか華やかさに欠けていた。
お茶を飲む仕草も、片膝を立てて座るところも、男のそれであるのにどこか女特有の柔らかさがあった。


(勿体ない……)


本気で着飾れば、絶世の美女であるのに。

長く艶やかな髪も、整った顔立ちもどんな女にも引けを取らない。


しかし、ふと心のもう半分で男の主であって良かったと思う自分がいることに気づいた。

そうでなければ戦場を駆ける姿を見ることも、こんなに近くに控えることもできないのだ。


(……どちらであっても、)


主は綺麗だ。










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