+ 話 +

□抗う程に、それは。
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「ふむ、この件はとりあえず殿に伝えておく。万が一があっては困るからな」

「はい」


早速、殿宛の書を書き始める主。
時たま手が止まるのは自分の考えでも混ぜているのだろうか。
暫く、主が紙に筆を滑らす音だけが響いていた。


(自分は、また何も出来なかった……)


今更悔やむことに意味がないのは分かっているが、それでも。
役に立ちたいと思う。


脳裏にチラつく橙を振り払うように、千歳は時実が声をかけるまで漆黒の瞳を閉じていた。















数日後

主が危惧したような万が一の事は、今のところ起きていない。
一応、見張りとして付けた部下からも特に連絡はない。いたって平和な日々だった。

昨日までは。


「……と、いうわけで本日から騎馬隊で預かることになった。二人とも挨拶をしろ」

「はっ! 歩兵第五部隊隊長、高木 只三郎が長子、高木 勝之進<タカギ カツノシン>と申す。暫く世話になる」

「……桐生 忠幸<キリュウ タダユキ>と申します。若輩者で御座いますが、よろしくお願い致しまする」


第一印象は、対称的。

やたら漢字と親の肩書きを並べて勝之進と名乗った男は、まぁ言わずもがな狸の息子だ。
今のところ主の言うことには素直に従っているが、ふんぞり返って上から物を言う姿はやっぱりとしか言いようがない。
デカい図体に厳つい顔。
それでも親と違い、筋肉質な体は若さ故か……。


もう一方の忠幸と名乗った男は全体的に頼りないように見えた。
流石に武家の子であるため最低限の筋肉は付いているが、デカブツと並んでいる為小さく見えるのだ。


「ふむ、二人には私の付き人をしている藤丸が様々な事を教えてくれる。何かあれば聞くと言い。藤丸、頼んだぞ」


あぁ、何故自分が……
否、と言えないこの身を初めて呪った。


「……はい」








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