+ 話 +

□その瞳に写るモノ。
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国境までは、そう遠くない。
北邑の城に行くより、佐伊の国に行く方が近いくらいだ。
だからこそ、おばあは屋敷が巻き込まれると言った。

そして、やっとの想いで到着した境。
浅く緩やかに流れる川は、赤く染まっていた。
あまりの様子に、思わず袖口で口元を覆う。
体が震えてきた。

彼と、ここで逢瀬を交わしたこともあった。
その時の美しさなど、今は欠片も感じられない。

そうだ、彼、あの方はどこに。
我に返って周囲を見渡せば、このあたりには誰もいないようだった。
ならば、川上にある平地かもしれない、と、再び馬を走らせた。



そして、到着した先に待っていた光景に、目を見張る。


「ぁ、……」


大きな人をかばったように見えた。
それで、蒼い、人、が倒れて。
部下なのか黒い人が、前へ出てきて。
蒼い人を切った、北邑の将を。
私が、好いた、あの方を。


「いやあぁぁぁああああ!!」


腹から背へ貫いた刃と、ぬらりと艶めく赤。
それから、場違いな程に鮮やかな蒼が目に焼き付いて離れなかった。










『私ね、きっと幸せになるわ。あなた様がいて、私がいて、いずれこの子も生まれて。きっと幸せだと思うの』

『……――そうか。鈴なら、きっとなれるよ』


無邪気な、子どもみたいな笑みを浮かべて笑う彼女に、自然と笑みが浮かぶ。

あの時、俺が幸せにするとは言えなかった。

いずれ、こうなる事がわかっていたから。
ただ、こんなにも早く気付かれるとは思わなかった。
バラされたのか、嗅ぎ付けられたのかはわからない。
ただ、相手があの“蒼き風”だと知った瞬間、俺は死ぬのだと悟った。



真っ青な陣羽織を翻して地に立つ姿に、嫉妬と羨望と憧憬を抱く。
場違いにも、自分もこうだったら良かったのに、と思ったのだ。

己で決めた事だ。
裏で北邑と繋がっていた事を後悔はしない。
ただ、彼女が自慢できる男でありたかった。

刀を抜き放ち、構える。
緒戦はほぼ引き分け。
大将が倒れた方が、負けだ。

向こうもそう思ったのか、東條時実自ら刀を抜いた。
しかし、体格の良い男が前に出てきて、片手で大刀を担ぐ。


「時実様が出る幕じゃねぇッスよ。俺がやります」
「おい、待てっ!」
「……なめるなガキが」


自分でも、驚く程低い声だった。

力任せな一撃を軽く避け、がら空きの腹を狙う。
驚いた表情が滑稽だったが、刀は弾かれ目の前には、蒼。
近距離で交わった視線は、互いに互いを写していて、黒い瞳に写る自分が酷く必死に見えた。
頭はこんなにも冷静で、冴えているのに。


「馬鹿野郎! 迂闊に前へ出るな!」
「時実様っ!」


部下の躾はちゃんとしておいた方がいい。

笑うでも哀れるでもなく、そう思って刀を振り上げた。

致命傷は避けられたものの、切っ先は蒼の羽織りを裂き、鮮血が舞う。
もう、一撃。
これは弾かれてしまった。

しかし、もう一歩。
押せば勝てる、と思った瞬間。
目の前が真っ暗になった。
そして腹から広がる灼熱。

刺されたと、気付いた時には既に倒れて地面しか見えなかった。
体が動かない。
生ぬるい感覚は、もしかして自分の血なのだろうか。

霞んでくる思考を必死に繋ぎ留めて。
目を眇めれば、蒼き人と再び交わる視線。
黒曜のような煌めきを持つ強い瞳に、彼女を思い返して泣きたくなる。


済まない、済まない。
やはり俺では君を幸せにできなかった。

頼む、お願いだ。
どうか、君だけは――……











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