+ 話 +

□その瞳に写るモノ。
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相手の生死を確認する気はなかった。
確実に急所を突いたから。

ああ、主主主!

無事なのはわかっている。
しかし、鮮やかな蒼にどす黒い色がじわじわと広がるのを見ていると、暴れたいような衝動が走る。
己は今“武士”なのだ。
“忍”や“俺”と違って、上手く感情を制御する事ができないから。
この方に触れることで、狂暴な感情を必死に抑える。
派手な出血のわりに、傷は深くないのか、時実様はほぼ自分の力で体を起こしていた。


「ちと……藤、報告」
「はい、打ち取りました。我らの勝利です御大将」
「そうか…………あの者は?」


ふと、肩越しに後ろに目を向ける主に己も振り返る。
女が1人、駆けてきていた。

着物は旅の旅装のようだが仕立ても良く、髪型から武家の女と見た。

言葉にできない悲鳴を上げながら悲壮の表情でいる様は、鬼気迫るものがあった。


「……確か、吉田には北邑に許嫁がいたはずです」
「なる程、追いかけてきたのか」


存外しっかりした声音に安堵して、気休めにしかならないが手拭いで傷口を抑える。
主は一瞬その秀麗な顔を顰めたが、声を出さなかった。

いくら命に関わらないからといって、放っておいたら化膿してしまうかもしれない。
早くしっかりした手当てをしなければ。


「主、馬には乗れますか?」
「ああ、問題ない」
「おのれ、幸隆様の仇!」


この時の俺は、ひどく冷めていたと思う。
主に止められなければ、女を殺していたかもしれない。
いや、確実に殺していた。


「止めろ千歳ッ!」


首元数寸で止まった刃に、目を丸くした女は、徐々に恐怖にかられたのかへなへなとその場に座り込んだ。
それでも、俺は今“武士”だから刃は引かない。
殺気が収まらない。


「退け、千歳。余計な事はするな」
「は、い……」


渋々、と。
やっと武士の手が引っ込んだ。


「伝令をやれ。兼直に片付けを任せる。冬十郎は吉田の兵の確認と監視。刃を向けてくるなら力でねじ伏せろ。行け!」
「「はっ!」」


伝令兵が2人、二方向に散った。

刀を持つ手が震える。
もう、いっそのこと“忍”に戻ってしまおうか。
それなら主に迷惑もかけないだろうし、それでいてちゃんと守れる。
そう思って主を振り返って、視界に入ったのは高木。
主を傷つけた原因。

一気に視界が赤く染まった。


「千歳。いいから。済まなかった。もう戻っていい」


蒼い、あおいいろ。

心が凪いだ。
“忍”は影の存在。
裏のモノでただ1人のためだけに存在する。

一度目を閉じて、ゆっくり開けばもう、俺は“忍”だ。


「っ、時実様! どういうことですか! 千歳とか戻るとか意味がわから、……」
「黙れ」


イラつきすらしない。
無感情に無感動に。
ただ、コレは邪魔だから排除するだけだ。

常人には見えない速さで距離を詰め、右手に刀を下げ、左手でクナイを突きつければ高木は青くなって黙った。


「貴様、忍かっ!」
「黙れと言った。本来なら大将である時実様を傷つけた罪で腹を切るくらいの罰を与えるところだ」
「なっ!」
「それが軍律。だがお前はまだ正式に東條騎馬隊に配属されたわけではない。……己の運に感謝するんだな」


怯えきった様子を確認してクナイを下げ、今度こそ主に向き直る。
傷口に触れないように支え、指笛を吹けば寄ってくる主の愛馬。
今までこれっぽっちも気にしなかったが、遠巻きに兵たちが囲んでいて、色々見られていた事を知った。


「申し訳ありません」
「まあ、今回は仕方あるまい」


苦笑した主は、いつものごとく戦後である事を感じさせなかった。
真っ直ぐな、闇色の瞳を煌めかせ声を張り上げる。


「皆聞け! 残り2部隊が戻って来次第、城に帰還する! それまでに退却準備をしておけ! 勝ち鬨を上げろ! この戦、我らの勝利だ!」
――おぉぉおおぉぉ!!!!


士気の上がった空気に安堵して、ふと目をやったのは吉田幸隆。
彼を抱えるようにして、呆然と涙を流す女に、同情どころか殺しておいた方が後々楽だろうか、なんて思った自分は。
完全に“忍”だった。









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