久留山家謹製音声通信機能付縫いぐるみ型監視カメラの記録

□湊と夙
2ページ/5ページ

【大切なもの】
 ふわり。空気が揺れた。顔を上げると、透き通る空色にうっすらと雲。
 ああ、良い天気だなぁ。
 廃墟となったビルの屋上、錆びた柵にもたれかかって目を閉じる。
「監視屋の……ミナト?」
 初めて聴く声に、目を開けて答えた。
「うん。監視屋の久留山湊だよ。君は?」
「……何でも屋」
 職業だけ答えた何でも屋の少年は、俺の頭から爪先まで視線を往復させて首を傾げた。
 俺も少年を眺めてみる。
 監視屋を始めてからいろんなものを見てきて、この地区にいるほぼ全ての人に会った。それでも見覚えがないということは、最近現われた仕事屋だ。
 歳は弟と同じくらいか。黒い髪は根元が白いが、脱色や染色をしているにしては艶がある。全く手を加えずにこんな色になる事もあるのだろうか。
「不思議な髪だね」
「……ミナトは、大切な人が傷付けられたらどうする?」
 華麗にスルーされた上に、とんでもない質問だ。
「どういうつもりで聞いているのかは分からないけど、俺が大切に思っている人達に手を出したら許さないからね」
「……」
 俺を見る目に表情の変化は無い。
 しばしの沈黙の後、自分自身の中で答えがまとまったのか、少年は小さく頷いた。
「何が正しいのかよく分からないから、聞いてみただけ」
「そっか。でもそう言う質問は安易に出さない方がいいよ。最近はこの辺りも物騒だし」
「……気を付ける」
 案外素直なようだ。
 何でも屋の少年は周囲を軽く見回してから、少し間隔を開けて俺の隣に腰を下ろした。
「もしかして、最近テオさんの所によく現れるっていう少年は君の事かな?」
「!」
 当たりか。変化は少ないようでいて、実は表情豊かだ。
「噂に聞いただけなんだけどね」
「……噂か」
「ただし、ただの噂と侮るなかれ、だよ。教えてくれたのは情報屋だからね」
「噂なんて不確かなものを売り物にする?」
「時には武器にだってなり得るよ」
 薄い影を落として、雲が流れていく。そういえば、少年が屋上に来た理由をまだ聞いていなかった。
「君はどうしてここに? 探し物でもあった?」
「監視屋を探してた」
「俺のこと?」
 何でも屋の少年は黙って頷いた。紅い目が、真っ直ぐ俺を見る。
「監視屋を、仕事が出来ないようにする。それが依頼」
 少年に悟られないように、ポケットの中に忍ばせてある武器に触れる。しかし、相手からは何の敵意も感じられなかった。
「……だったんだけど、この依頼は断る事にする。ミナトは悪い奴じゃなさそうだし」
「はぁ……」
無意識のうちに力んでいた肩から力が抜けた。
 髪だけでなく、中身も不思議な子だった。悪い子ではないようだけれども。
 しばらく二人で空を眺めていた。
 そういえば、名前を聞いていなかった。そう思って振り向いたら、少年の姿は無かった。現われた時と同様、いつの間にか帰ってしまったようだ。
「まるで猫だね」
 今度会った時にでも聞けばいいか。
 飛行機雲が伸びる空の下、鼻歌を歌いながら階下へ降りる階段に向かう。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ