11/10の日記
01:50
道鏡
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看病禅師として内道場に出仕し、保良宮において孝謙天皇(後の称徳天皇)の病気を治して以後重んじられた。藤原仲麻呂の乱の後に少僧に任じられ、765年に太政大臣禅師、翌年には法王となり、仏教の理念に基づいた政策を推進した人物。
彼には巨根伝説という俗説がある。それによると、孝謙天皇の死因は道鏡のアレが抜けなくなったといわれている。
孝謙天皇は道鏡を気に入る前は藤原仲麻呂と関係があったのだが、彼のアレは道鏡のソレとは比べ物にならないほど小さく、それが原因で孝謙天皇は道鏡に乗り換えたという説もある。
ちなみに、某予備校教師によれば、孝謙天皇のアレも非常にbigsizeであり、道鏡のアレがチョモランマであるなら、仲麻呂のソレは爪楊枝であり、孝謙天皇のコレは琵琶湖であるという。その他に、道鏡は常に三本の足で歩いている(性的な意味で)とも言っている。
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