「夏が終わる」


元親がそう言ったのは、夏休み最終日
きっと課題を潰すという単調な(いや、元親にとっては難儀な)作業に飽きたのだろう
麦茶を飲み切ったグラスの中の氷が溶けて、カランと音を立てた








「政宗、政宗、火ィ点けて」

「自分でやれよなぁ」

「あ・下焦げた」

「おいおい、怒られんの誰だと思ってンだ」



今日は夏休み最終日

優秀じゃねぇ学生は死ぬ気で課題を終わらす日だが、キング・オブ・優秀じゃねぇ俺達は、アパートの狭いベランダで花火大会をおっぱじめた
勿論、そこら中黒く焦げ付きまくり
大家にバレたら、唯でさえ(元親の声がでかいから)苦情の多い俺は追い出されかねないだろう

「線香花火先に落ちた方は残りの課題二人分っ」

でも元親が楽しそうだから、今はそんな事を考えるのはよそう

「どうせお前負けても出来ねーだろ」

「おぅ!」

「俺不利じゃん、別の」

ジリジリ、
指先に微かな振動を与えながら光る赤い華
日本人はこの儚さに惹かれるのだというが、俺は余り好きじゃない

「Ahー…勝った方は負けた方を押し倒せる、とか」

「…それ俺不利じゃねぇ?」

「ニャンニャン可」

「不利だ…あっ」

ポトッ、
赤く小さな玉が人が何の前触れも無く突然死に逝く様に、落ちて虚しく崩れた

それはまるで元親の命が潰える瞬間にも思えた
俺は無性に哀しくなって、手に持ったまだご健在の命をバケツに投げた
小さくジュ、と鳴って淀んだ水に沈んで見えなくなったそれは、元親を亡くして身投げした俺を彷彿させた

「元親」

俺は未練がましく先端の無い線香花火を眺める元親を押し倒す
その際コンクリの地面に強か背中をぶつけただろうが、気にしない

「元親、」

「〜…痛ぇよ、馬鹿!」



「俺より先に、死ぬなよ」


「…なんでそんな話になンだ」


「死ぬなよ」


俺の思考回路は、線香花火にほだされて自棄におセンチになっていた
連日続く猛暑で、きっと脳味噌の大切な部分をヤられちまったんだ

存在しない右眼の目蓋の裏


先刻の線香花火みたいに、元親が地面にぶつかって粉々に砕け散る映像を繰り返し観た

グロテスクな音を立てて弾ける元親

しかし崩れた元親の回りには、血も、臓器も、何も無い
遠くに飛んだ元親の首は、顔が半分無い癖生きている様に美しい

背筋が粟立った
この恐怖感が何なのか理解らずに、俺はただ眼下の元親に向かって死ぬなよ、とばかり繰り返した



「政宗、」


そんな俺の頬に、元親の大きな掌がそっと汗を拭う様に触れた
暑さのせいか、しっとりと濡れている



「二人共ジーサンになっても、夏の終わりはこんな風に花火しような」


碧い宝石の上に長い睫毛をカーブさせて、元親は微笑んだ
それは線香花火の先っちょみたいに、触れたら崩れちまいそうな美しさだった






「…ゲートボールもな」


あんまり綺麗だったから、情けねぇが涙が零れた



零れた涙は顎を伝って、












線香花火みたいに砕けて消えた。













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