etc.

□ONE PIECEfrom mims様
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こみあげる、声にもならない




*Sanji*





人生の95%以上を「食」に携わって来た俺が言うんだから間違いない。



「いただきます」



か細い発声で感謝の言葉を告げる彼女の風情は、それだけで作り手を満足させてしまう"何か"があった。







膝の上に綺麗に組まれた両手は、何かを待っているように動かない。



「どうぞ、召し上がれ。プリンセス」



その言葉で初めて少し笑って、君はフォークとナイフに手を掛ける。

金属片をそっと支えている指先は、優雅な形に曲げられていて、その手から繋がった腕も自然なバランスの曲線を描いている。

皿の上と口元を往復する両手の動きは、早すぎず遅すぎず、無駄がない。

食べながら喋っている他のクルーとは対照的に、彼女は食事の間、一言も喋らないことが殆どだ。

この上なく上品な仕草で、静かに食事を続ける彼女に、俺はいつもこっそり見惚れる。



そうやって見つめていると、周りの喧騒は遠のいて、たったふたりで船の上に居るような気分になる。

時折カチャリ、と耳触りの良い音をさせながら、なめらかな動きを繰り返すカトラリーの響きが、だんだんと俺の頭の中を心地よいもので満たしていく。



ただ、目の前で彼女が食事をしている。

大人しく、上品に、俺の作ったものを彼女が味わっている。

それを見ているだけで、味わったことのない心地よさに包まれるような、そんな感じ。





「美味しいかい?」



旨いかどうかは、やわらかく弧を描く口元や、きれいな目を見ていれば言葉がなくても分かるのに、気が付いたら俺は口を開いている。

それは多分、感動の混ざり込んだ彼女の震える声が聞きたいから……それだけの理由だ。



でも

聞いちまった後で、余計な言葉は要らなかったかも…って、いつも後悔するんだけど。



俯いていた顔をそっと持ち上げて、しなやかな動きでスプーンをテーブルに置くと、君はナプキンで少し口を拭う。

食べながら言葉を発することは、滅多にない(さっきも言ったけど。もう一度繰り返して言っておく)。



「ええ」

サンジ君の作ってくれるものは、いつも美味しい。






人生の95%以上を「食」に携わって来た俺が言うんだから間違いない。

こんなにクソ綺麗な食べ方をする人間を、俺は見た事がない。

彼女のその言葉にも、極めて品のある仕草にも、料理人の魂を擽る"何か"があるんだ。

それに添えられた笑顔ほど、俺を幸せにしてくれるものなんてない、と思える。



「それは光栄です、プリンセス」



軽く頷くと、再び彼女はカトラリーに手を伸ばす。






「サンジー、ご馳走さん」

「私達、先に部屋に戻ってるから」

「コックさん、後でコーヒーをお願いね」



口々に思い思いの事を言ってキッチンを出て行くクルー達の背中を、黙って見送ると君の方に向き直る。



ふたり、残された部屋で、頬杖を突いて彼女の姿を観察する。

見ていたい、というひそかな欲望を抑えられない。

相変わらず、君の動きはなめらかだ(俺に見られている事を意識してるのか、してないのか、それすらも分からない)。



そうだな、君の動作を観察するのは、スープを煮込んでいる時の感じに似ているかも。

ことことと小気味良い音を発しながら、部屋全体にいい香りが漂って、何もない空間が幸せな空気に満たされる。

それと同じで、君の所作は何もない空間に確実に何らかの感情をもたらして、俺の中を満たしていく。

皿の上からすべての食物が消えるまで、息が止まりそうになりながら目を奪われる。



これって、ただ君の食べ方がキレイだから?

それとももっと他に何か理由があるんだろうか(なんて、自分に問いかけるまでもなく、君にすっかり心を囚われちまってるんだけど)。



食べ物を咀嚼する君の口元を見つめる。

微かに付着した油分で、形良い唇は艶やかに光っている(…触れたい)。

俯いたまま薄く眼を閉じて、舌触りを確かめている表情に、頭がくらくらする。

噛み砕いたものを嚥下する、細い首筋の微かな動きにさえドキドキする(俺って、どこか変?)。



コトリ、音を立てて揃えたカトラリーが皿に置かれる瞬間には、毎回溜息が出そうだ。






「ごちそうさまでした」



笑顔で俺を見上げる君の頭を撫でながら、そっと目を細める。

うまかったかい?の一言が、言葉にならない。



「美味しかった…けど、」



言い淀む君に、不安がこみ上げる。



「涙が出そうなくらい美味しい…と思うんだけど」

ひとつだけ言わせて。



ちょっと思いつめたような口調に、心拍数が跳ね上がる。



塩がキツすぎた?

何かが足りなかった?

それとも、嫌いなものが混じってたとか(君の好みは完璧に把握しているつもりだったんだけど)。




「ん……?」



あのね…。と言ったきり、口を噤んでしまった君を見つめながら、胸の中が苦しくなる。

あんなにキレイな食べ方で、たっぷり満たされたはずの心には、瞬時に空洞が出来たようにつめたいものが通り抜けた。






「サンジ君の視線で、いつも途中から味が分からなくなる」



それでも美味しいけどね。と、付け加えた君は耳までほんのり薄桃色に染めていて(ったく…びっくりさせんなよ、マジでクソ慌てちまった)。

その上気した肌の誘因は、消化に伴って体温が上昇してるから…だけじゃねぇよな?



俺の事なんて気にせずに、黙々と食べてるように見えたけど、そうじゃなかったんだ。

じゃあ、自惚れてもいい?



俯いた頬に手を掛けて、少し潤んだ瞳をじっと覗きこむ。

薄く開いた唇は、まだ満足してない証拠だよな?



そっと指先で油分の拭い去れていない唇を辿ると、ぴくりと肩が揺れた。



「目、閉じて……」



プリンセス。

そうすれば、俺がじっくり見つめてるかどうかなんて分かんねぇだろ?



――だから、







こみあげる、
声にもならない 

(デザートに、俺なんて…どう?)






fin
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[こみあげる、声にもならない]
サンジ



一周年&ハロウィン企画。


2008.10.30 mims







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