翅結ワエ

□壱
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僕の村には言い伝えがある。
お盆に還ってきたご先祖様の魂。そこに混じって、良くない霊が降りてくる。
良くない霊はお盆が済んでも帰れないから、山に入って虫の翅に宿る。
そうして居残った霊が悪さをする。
霊に悪さをさせないように、最初の彼岸花が咲いた日に翅結わえの祭りをする。
山で見つけた虫の翅を石に結わえて滝に沈める。そうして僕らは豊作と繁栄を願う。

10才の夏、僕は初めて自分の翅を捕りに山に入った。それまでは父さんが家族の分を纏めて用意していたけど、今年は、特別だった。
この夏が終われば僕は父さんと一緒に引っ越すことになっていた。小学生の間は村で過ごしたかったけど、将来の色々を考えると、都会の学校に行った方がいいって、母さんにも言われた。
母さんは病気がちだったから村に残ることになった。病気がちなんて僕は初めて聞いたけど、母さんが村に残るなら、僕も時々は遊びに来てもいいのだろう。

翅を捕りに行く日、僕は琴子を誘った。小学生、中学生を合わせて20人くらいの分校で僕の唯一の同級生。
琴子とは何度も山に遊びに行っていた。だから、琴子も初めて自分の翅を捕りに行くのだと知ったとき、ほんの少し冒険したくなった。
四方を山に囲まれた村だけど、人が入って行けるのは町に通じる道路を作った辺りと、祭りのときだけ開く滝に通じる山道くらいだ。
舗装された道をそれて少し進むと絶好の虫取スポットだけど、そのずっと先からは滝の音が聞こえてくる。
表は閉まっていて、入ると管理人のお婆さんに怒られる滝でも、山の中を通って行けばきっと見つからない。
滝にはきっと僕が知らない特別な虫がいる気がしていた。

僕は琴子の手を引いて音の方へと歩いた。時々擦れ違う綺麗な模様の蝶も、透き通った蜻蛉も知らない振りをした。
何度も休みながら歩いた。そして、滝の音がずっと近くに聞こえたときは二人とも走り出していた。

滝の裏側に着いたとき、ツンと嫌な臭いが鼻を突いた。生ゴミみたいな臭いだと琴子は言ったけど、それよりも気持ち悪い臭いだと思った。滝が在るのは山の中だけど、ゴミを捨てるような登山客なんか来ない。
僕たちは鼻を摘まんで虫を探した。虫はなかなか見つからない。奥へ進めば進むほど、臭いは酷くなっていった。
口ではあはあ息をしながら、鴉の啼き声を聞いた。僕は岩の影に隠れながらその声を探した。
真白い鳥をが、そこにいた。
啼き声はどうしたって鴉のそれだが、白い翼も、宝石みたいな紅い眼もとてもそうは思えなかった。僕は琴子を呼んだ。

「琴ちゃん、すごい綺麗な――」

鴉は僕の方を向いた。その嘴には何かがくわえられていた。鴉の足許は随分不安定そうだった。柔らかくぶよぶよした何かの上に乗っているようで、啄んでいたのはそれだったらしい。
それは、人間の死体だった。
どうして解ったかは分からない。けれど僕は気が付いたら琴子の手を引いて走っていた。

来た道を半分くらい戻って、漸く僕は琴子の顔をちゃんと見た。
人が死んでた。死んだ人を白い鴉が食べてた。変な臭いは死体の臭いだった。
琴子は信じてないみたいで笑いながら聞いていたけど、震えていた僕の肩を撫でて、もう大丈夫と言ってくれた。
僕は琴子が捕まえた二匹の蝶の一匹を貰って、家に帰った。その数日後、去年と同じ翅結わえの祭りが催された。
そして、僕は村を離れた。
 

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