short stories 1
□天使のため息
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「今日の任務はこれにて終了だ」
教会の中をざっと見回し、ツォンはそのまま出ていこうとする。
「え…と、いいの?わたし、一人になっちゃうけど……」
戸惑いながらも一応そう言ってみると、別に構わないとの答えが返ってきた。
「いつも、あんなにうるさいのに…。どういう風の吹き回し?」
ツォンは少し間を置き、考え込むように言う。
「……西での暴動が、収まったそうだ」
「…え?なんの…」
意味がわからず、思わず聞き返した。
「その件で、タークス全員に社長から召集がかかっている。……という訳で、こちらも今夜は多忙になる」
「そうなの?」
「まあ、色々とな」
ツォンは苦笑いを見せ、わたしの頭をポンと軽く叩き言った。
「現地に赴いていたソルジャー達にも、今朝方帰還命令が出た。遅くとも今夜中には全員がミッドガルに戻るはずだ」
『ソルジャーが帰って来る』
その意味にハッとして、弾けるように顔を上げる。
「それって、まさか……」
「……エルミナに、あまり心配をかけるなよ」
驚き顔のわたしを残し、ツォンは背を向け教会から出て行った。
一人残されたわたしは、まるで銅像のように固まったままで。
さっき、ツォンはなんて言ったの?
西へと向かったソルジャー達が戻って来ると、彼は言った。
そしてその中には、もちろんあの人もいるはずだ。
途端に溢れる様々な想いに、胸がギュッと締め付けられる。
心臓がドキドキしてたまらない。
あの夜。
そして次の朝。
流れる記憶を思い起こせば、また来ると言って別れた彼の、優しい瞳を思い出した。
あれから一ヶ月。
任務のためにミッドガルを離れていたあの人が、戻って来る。
会ったら、最初になんて言おう。
明るく元気に、
『お帰りなさい。久しぶりだね!』
それとも、
『逢いたかった』
と泣いてみる?
色々考えながら、ふと前を見ると。
朽ちた教会の祭壇は、ステンドグラスを通した人工の光が差し込み、七色に光っていた。
そういえば、あの日もこんな風に光が満ちていて。
力強くも優しい温もりが、震えるわたしを抱きしめてくれた。
熱い痛みと喜びが交互に押し寄せてくる中、耳元で囁かれた言葉にわたしは思わず涙を流して。
それを優しく拭ってくれた唇の熱さに、息が止まりそうなくらい、胸が苦しくなった。
「セフィロス……」
今、この世で一番愛しい名を口にすると、なんだかまた、涙が溢れそうになる。
あの熱さと温もりを、彼はもう、忘れてしまっただろうか。
だって、死と隣り合わせの厳しい任務の最中に、わたしを思い出すなんてこと、あるはずない。
ならば、どんな顔して会えばいいの?
何もなかったように、いつもみたいに明るく笑って挨拶する?
まるで螺旋階段を廻るかのように、思考はぐるぐると空回りして。
その時、ザアッと音がして、花畑の上を風が駆け抜けて行った。
ある確信的な予感と共に扉を見ると、ギギッと音をたて、重い扉がゆっくりと開いた。
長身で銀髪の、黒いコートに身を包んだソルジャーは、扉にもたれ少しの間こちらを見ていた。
わたしは黙ったまま、ただその場に立ち尽くすだけで。
するとその人はこちらに向かいゆっくりと歩き出し、わたしの前で足を止めた。
右手が上がり、大きな手が頬を包み込んでくる。
お互い言葉はなく、暫くじっと見つめ合って。
そしてわたしは彼の手に自分の手を重ね、
「お帰りなさい」
と、静かに言った。
その途端に抱き寄せられ、荒々しく唇が重なる。
彼の激情は、まるで嵐のようだ。
わたしは波間に浮かぶ小船のように、ただ翻弄されるしかなくて。
そして身も心も全て絡み取られ、深海の底に引きずり込まれて行く。
絶対に逃げられない、愛情という鎖に手を繋がれたまま。
「ん…っ…」
息苦しさに身を捩ると、唇がわずかな距離だけやっと離れた。
「……エアリス」
ただ名前を呼ばれただけなのに。
何かが背中をゾクリと這い上がってきて、目の前の身体にたまらずにしがみつく。
するとまた、目眩がするほど熱い口づけに見舞われ、わたしは気を失わないようにするだけで精一杯だった。