何となく、気が付いて居た。
ギンが黙って家を空ける事はあったけど、今回は、違う、と。
もう、帰って来ないと。
何となく、気が付いて、居た。
乱菊はぼんやりと玄関へ座り込んで居た。
元より自分達の持ち物なんてものは
「ギン…」
名前を唇に乗せてみる。
ぎん、 素敵な響きだといつも思っていた。
ある日その事を告げたら、乱菊こそ、と笑み返された。
狂い咲く大輪、乱れ咲く大輪。
他の何物にも劣らぬ、大輪の、菊。乱菊。
美しい名前、だと。ギンが言った。
「…乱菊。」
自分の名前も、唇に乗せて見る。
今は、好きな名前だった。
その名前のように、美しく乱れ咲く菊に成りたいと思った。
口元の黒子も、この癖のある髪の毛も、この変な色の目も、全部、気に入らなかった。
でも、ギンは、素敵だと言った。
口元の黒子も、この癖のある髪の毛も、この変な色の目も、全部、好きになれたのは、
「あんたのおかげなのに。」
乱菊は急に思い立ったように顔を上げる。
ギンを追い掛けよう、そう思った。
何処に居るかなんて、見当もつかないし、明日なんてこれっぽっちも見えないけれど、待っているだけの華は、きっと美しい華では無いだろう。
自分の道を決めるのは、自分しか居ない。
だから、あの馬鹿が何処で何をしていようが、何年掛かってでも、きっと見付けて怒ってやろう。
にやけた頭を一発くらいは殴っても良いかもしれない。
もう、心配させないでと。
END
乱菊の願いが、存外早く叶うのは、お互い予想しない未来。