乱菊がこうしてボクを頼るのは、別にボクがボクだからでは、ない。
あの時手を差し延べたのがボクで無い他の誰かなら、乱菊はその『他の誰か』に今のボクに対してと同じように笑顔を見せ、涙を見せ、頼っただろう。
二人が暮らすには十分な大きさの小屋の戸の隙間から月明かりが射し、乱菊の寝顔を白く照らした。
向かい合わせで、小さな布団に包まる二人。体を横にしたままギンは、寝息を立てる乱菊を見つめて緩く微笑む。
そう、単純な話だ。実に、単純だ。
乱菊がボクに抱く感情も、ボクが乱菊に抱く感情も、所詮は錯覚に、過ぎないのだ。
出逢った頃より少しだけ伸びた金糸がきらきら光る。微かに震える睫毛の上に光が乗って居る。
キミは何を想ってどんな風に生きて行くんだろう。
いつまでボクはキミの横に居れるだろうか。
透き通るその頬に、指先でそっと触れると、キミは少し擽ったそうに微笑んだ。
あの頃上手く吐けた嘘も、上手く作れた笑顔も、キミの前では簡単に崩れそうになるからいけない。
何処かでまだ依存しあうことを恐れているボクが居る。
キミはボクが思うより強くて。そして、ボクはボクが思うより弱いみたいだ。
「……ギ…ン」
ボクの名を紡ぐキミに、どきり、心臓が小さく跳ねる。
「起きとんの?」
返事は無い。寝言、でボクの名前を。
夢を見ているのだろうか。
「行か…ないで…」
再び揺れる君の唇に、今度は心臓が止まりそうになる。
「此処に、おるよ。」
金糸をゆっくりと撫でれば、寄せていた眉が解けてまた乱菊は穏やかな顔になった。
「此処に、おる。」
ギンは繰り返した。出来るだけゆっくりと、確かめるように一文字ずつ。
(今は、まだ、)
「此処におるから。」
繰り返すうちに、何故か泣きたくなったギンは強く目をつぶった。
目をつむった所で、現実は変わらない事は、自分が一番良く思い知って居るのに。
捨てられたく無いのは、嫌われたく無いのは、自分なのかもしれない。
錯覚だと、思い込みたいのも、全部そのせいだ。
本当は、全部全部何処かで理解している自分に、少し嫌になった。
ギンは瞼を緩めて目を開ける。
変わらず目の前には乱菊の寝顔。
「此処に、」
その乱菊の顔にかかる髪を指で退けてやりながら、ギンはまた言葉を紡いだ。
(まだ、今は、)
「此処に、おらせて。」
END
お互いが、はじめて真剣に触れ合った他人じゃ無いだろうか、と。