3 Z
□-新八サイド-
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僕は教室に向かって廊下を進む。
途中、舐めきった飴の棒をゴミ箱に捨てて一段飛ばしで階段を上がって。
「よっ、ハァっ…」
最後の段についた所で膝に手をついて呼吸を整えた。
高ぶった心臓の音が耳に響く。
鼓膜が痛い。
だけど。
気持ちはもっと昂ぶっていて。
早く。
早く沖田さんに伝えたい。
僕の気持ちを。
キスは嫌じゃない、驚いただけなんです。
だって今はすごくキスしたいから。
あの時みたいに、沖田さんに、してほしいから。
僕は沖田さんが好きです、と。
膝の上の掌を握りしめる。
うっすらと浮いた汗が肌を滑っていく感覚。
叫びたい。
すっごく叫びたい。
好きだ、って。
銀八先生には、青臭い奴って馬鹿にされるかも(ってかされたけども)しれないけど、今なら気にしない。
青臭くって何が悪い!
加齢臭よりマシでしょう!
ってぐらいの勢いだから。
窓から叫んでやりたい。
でも今はそんな事してる場合じゃなくて。
僕はまた駆け出した。
******
キュキュッ、
上靴が摺れる音をたてる。
ぅわっ…
よくわからない力の勢いに任せて走っていた僕は教室の入り口でつんのめる。
飛び込もうとしていた3Zの教室に人が居たからだ。
日がほぼ沈んでしまっているせいで相手の輪郭はハッキリとしない。
墨の中に鈍い橙をぼかし入れたような教室で机を漁っているのは誰なのか。
…変に思われちゃったかな…。
誰とも分からない相手に勢いよく走ってきた自分はどうとらえられたのかと思うと少し恥ずかしくなって。
ゆっくりと教室を進みながら相手を見ようと目を細める。
そしてあることに気がついた。
相手は沖田さんの机を漁っていた。
誰だ…?
気になって声をかけてみる。
「あの」
「---新八かィ」
「え、」
あれ…ぁ…
本人が本人の机を漁るのは当たり前だ。
相手は沖田さんだったから。
でも、僕はまさか沖田さんとは思ってなくて。
とっくに帰っていると思ったのに…。
「暗くて誰だか判らなかったぃ。今日はよく会うねィ」
「あ…はい」
変わらないようでいつもより無機質な声の沖田さんに変な返事をしてしまった。
さっきまで早く伝えたいなんて思ってたくせに何でか此方も平静を装ってしまう。
そして沈黙。
アァァァー…
何やってんだ、僕…。
今…今がチャンスじゃないか!
今行かなくていつ行くんだ!
僕はズボンの横を掴む。
今こそっ!
「あのっ…!」
♪寿限無、寿限無 五劫の擦り切れ 海砂利水魚の…
じゅげ…ん…?
え?
あれ、なんか聞こえるんだけど…?
♪食う寝る処に住む処…
…………。
はいぃ!!!?
なんか聴いたことあるんだけど!?
何処から!?
うにゃうにゃと聴こえ出した声に僕は辺りを見回す。
え…?
声は…沖田さん、から…?
僕は沖田さんの胸ポケット辺りに注目する。
黄緑色の点滅が…。
「あ、電話…」
沖田さんがポケットに手を突っ込みながら呟く。
その間もうにゃうにゃと声は流れ。
♪シューリンガンのグーリンダイのポンポコピーの…
呪文のような台詞を発している。
ら…落語?
僕はすっかり緊張が抜けてしまって。
「それじゃあ」
「ぇ…ぁ、はぁ…」
何でもないように携帯を持って去っていく沖田さんに。
間抜けな返事をして呆然と立ち尽くすしかなかった。
教室から出て行った沖田さんに代わるように、
♪長久名の長助!
と云う声が僕の中で響いた。
…って、ちょっと待てェェェェェっ!!!!
そういえば沖田さん落語がお気に入りだったナ☆
それで着信音にしてるんだぁ〜☆
で、納得してる場合じゃない!!!
追い掛けなきゃ。
僕の頭の中で緊急警報が鳴り響いてる。
だって沖田さんは「また明日」と云ってくれなかった。
いつもは「また明日」と云って別れていたのに。
「それじゃあ」って。
そんなの嫌だ。
「それじゃあ」なんて別れ方は嫌だ。
いつもみたいに「また明日」って云ってほしい。
笑顔で云ってほしい。
「っ、待って沖田さァァァァァんっ!」
僕は鞄を掴むと沖田さんを追って教室を飛び出した。
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