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□聖夜篇 万山*
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【河上 万斉】


「ちょっと早いクリスマスでござるが…」


そう云って目の前の男は困ったように微笑んだ。

*****
12月19日。
週末、金曜日。
一週間を戦い抜いたサラリーマンや学生が、やっと一週間が終わる、と、ほっと一息つく日。
ただそれだけの日。
本当に、誕生日とか、何かの記念日とか、兎に角特別な思い入れがない人間には本当に何でもない日。
そんな日に。
俺は恋人の行事を行っている。
いや、正確には行わされてるんだ。

*****

それは昨日の放課後。
さて、帰ろうかとチャリ置き場に行ったとき。


「退、」


後ろから声をかけられた。
声の主は、自称「俺の恋人」を掲げる(俺のみにだけど)へんたっ…変わり者。
音楽教師の河上 万斉だ。
いつも変な色眼鏡を掛け、耳にこれまた変なヘッドホンをつけている男で。
なのに何故か女子に人気があって。
そのくせ、自分みたいな男を溺愛する。
腹立たしく、煩わしい、そしてちょっぴり羨ましい。
そんな…教師。
それでもってそんな男と関係を持っちゃってる自分。
…は、いいとして。
黒革のコートをなびかせながら此方に近付いてくる。
手に鞄を持っているということは彼方ももう帰るところなのだろう。
俺の目の前まで来ると立ち止まって。
俺は10センチも高い万斉の顔を見上げる。
首がマフラーから剥き出しになって寒い。


「何…だよ。」


俺は結構口が悪い。
いつもは丁寧だけど、たまに出ちゃうんだよね。
土方さんとか沖田さんには絶対出さないけど…。
でもコイツには敬語なんて使わない。
使う必要なんてない。
使うのが勿体無い。
こんな奴はタメでいい。


「…一緒に帰らないか?」

「…嫌だ」

「さが」

「俺チャリだよ」


間髪入れず拒否する。
俺はチャリ登校だから明日の朝どうするんだよ、寒い思いしながら通ってるんだ。
なのに明日の事も考えないで云うな。
車でぬくぬく出勤してくる奴にわかんないだろうけど!
俺の一言でここまでの思いを感じ取る事は出来ないだろうけど、分かれ!
無茶を心の中で要求する俺に万斉は眉を寄せている。


「話したい事があるでござる。」

「ここで云えばいいだろっ」

「……明日の朝は学校に送るでござるよ?」

「っなんで、」

「こんなに寒くては家まで大変だと思うが?」

「っ…」


確かに、確かに寒いよっ!
こんな中帰りたくないよ、俺だって!
万斉を睨む。


「…明日絶対送るんだな?」

「無論。家の前に居てくれれば、丁重に学校へ連れて行くでござるよ。」

「っ、なら、聞くよっ」


チャリのカゴに入れていた鞄を引っ張り出す。
駐車場に歩き出すと当たり前のように万斉が俺の鞄を持った。
当たり前の顔で。
そんな万斉に少し顔が熱くなる。
きっと女の子はこんなふとした気遣いにときめいちゃったりするのかもしれない。
…でも万斉がこんな事してるの見たことないな…。
知らないところでしているのか、女の子は別のところでコイツに惹かれているのか、はたまたその両方か。

*****

ゴツい黒の外車に乗り込む。
仄かに香る万斉の香りに落ち着かない。
他人の車ってそんな感じにならない?
鞄を抱えて座る俺はモゾモゾとし、隣の男に目を向ける。
乗るときも当たり前のように助手席へ俺をリードして。
女の子じゃないんだ、俺はっ!
暗くなった外を睨む。
ガロロロロ...っとエンジンが低い音を立てて車が動き出した。
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