3 Z

-新八サイド-
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「ぁ…や、いやだ…っ!」

「っ!」


かしゃん。
眼鏡が落ち乾いた音を立てる。
その直後、五限目を告げるチャイムが響いた。
キーン、コーン、カーン、コーン...


〈君の恥じらい僕の掴む手〉
       -新八サイド-

*****

背中に古紙が積まれた棚があたり。
沖田さんの顔が近づいて来る。
呼吸ができない。
僕は息を張り詰めたまま沖田さんの顔を見つめる。
絡められた手をやんわりと揉まれながら。

少し上にある沖田さんの目はいつものくるりとした人懐っこさなんてなくて見つめられると蛇に睨まれた蛙状態だ。
そんな僕の唇にちゅっと軽い音をたてて暖かい柔らかなものが触れた。
すぐに離れたそれを赤い舌が舐め濡らすのを見る。

ぞわりとしたものが背中に走った。
怖い。
知らない。
この感覚は知らない。
顎に手をあてがわれ上に持ち上げられる。とっさに目を閉じた。
もう一度唇が触れ合う。
…キス…だ。

今更思った時。
ヌルリと唇を舐められた。
僕は驚いて目を見開く。
瞼を閉じた沖田さんの顔が目の前にあった。
下唇が温かい粘膜に挟まれる。
躰中の血液が脳にいってしまったんじゃないかと思う程、頭がクラクラと脈打って。


「ぁ…や、いやだ…っ!」

「っ!」


僕はとっさに沖田さんを突き飛ばしていた。
その衝撃で眼鏡が床に落ちた。

*****

沖田さんが僕を見つめる。
その顔からは感情が読み取れない。
まずい…。
とっさにやってしまったことだけど、拒絶の意味であることにかわりはない。
耳の奥でさっきのチャイムが響いている。


「…新八」

「っ…」


身構えた。
無機質な声が嫌だ。


「今のは…嫌だってことかィ。」

「…」

「俺とは、キスしたくないってことだろぃ?」


否定出来ない。
自分でもわからない。
ただ堅い声が重くて苦しい。
沈黙が痛かった。


「…そうかぃ、嫌なのかィ。」

「っ…」


斜め下を見ている沖田さんの呟く声に口を開きかけるが声が出ない。
喉がヒリヒリと痛くてどうしようもない。
空気が動いた。


「無理矢理して悪かったねぃ。違和感ってのは気持ち悪いって事だったんだろぃ。」

「ぁ…」


違う、と続けようとしたときだった。
カチャン
沖田さんが鍵を外す音が響いた。


「先に戻りなせぃ。…俺は授業は出ねぇから。」


声が出ない。
沖田さんの足音が遠のいていくのを身動きもできず聞いていた。


*******

僕が戻ると、うるさかった教室が水を打ったように静かになる。
5限目は銀八の授業だ。
煙草の匂いがする教室なんて訊いたことない。

窓際にある自分の机に近づくと二人分の弁当が広げられたままだった。

*****

付き合ってから3ヶ月。
「いつになったら俺達はキスをするんだ」と共にしている昼ご飯の途中で訊かれ。
「沖田さんとキスをすることに違和感がある」と答えたら印刷室に連れ込まれて。
「実際体験してみないとわからないだろィ」なんて云われてキスをされた。
…拒絶してしまったけれど。


広げられたままの弁当箱を片付ける。
沖田さんの弁当箱どうしよう…。
少し手を止めて考えた後、僕は自分の鞄の中にしまった。
席に着いて国語の教科書を探す。
視線は敢えて無視して。
そのとき右側に人の気配を感じた。


「新ちゃん。」


可憐な声が降ってくる。
見上げると、何故か同じ学年にいる僕の姉、志村 妙が腰に両手をあて微笑んでいた。


「あ…ねうえ…」


僕の顔のがひきつる。


「ねぇ、新ちゃん、もう五限目始まってるってわかってるの?」

「は…はい、勿論…」

「何処に居たの?」

「ぇ…と」

「何してたの?」


こ、怖いっ…!
膝の上置いた拳を握りしめる。


「スンマセン…」

「スンマセンじゃねーよ!!どこ行ってたって訊いてんだよ、このダメガネがぁぁ!!」


右ストレートが飛んできた。
それが僕の顔にヒットし床に倒れると同時に姉上が馬乗りになってきた。
さっきの可憐な微笑みを乗せたままなのがまた怖い。
いっそ般若の様な顔で罵倒された方がましです。


「アナタ、何様のつもり?こっちがどれだけ心配したと思ってるの?何処にいたか吐くまで」


姉上が拳を振り上げたときだった。


「はぁい、志村姉弟そこまでだ。二人共とっとと席着け〜」


気の抜けた銀八の声がストップをかけた。
僕と姉上は銀八を見る。


「先生、でも」

「座れっつってるデショ。今が授業中だってわかってんのか?理由は後で先生が訊いときマス。」


銜え煙草でだらだらと話す銀八だが目には有無を言わせない威圧感がある。
姉上もまだ言いたげだったが僕の上から離れ自分の席に着いた。
僕も眼鏡を掛け直して自分の席に座る。
倒れたときに打ちつけた腰が痛い。


「で、新八は放課後国語資料室に来るようにぃ。」


じゃ、授業続けっぞー、とやる気の無い声で授業を再開しだした銀八を見る。
なんて言おう…。
僕は開いただけのノートを見つめながら考えた。

*****

沖田さんは宣言した通り六限目も七限目にも現れなかった。
僕は体育でボールを顔面に二回くらい、数学でトンチンカンな数字を答えた。

で、放課後の今。
先生へのごまかしの言葉も思い付かず、沖田さんへの対応の仕方もわからず誰もいなくなった教室で机に突っ伏している。

あー…どうしよう。
うぅ…。
僕は机に顔を擦り付ける。
西日が目に痛い。
窓から顔を逸らして掛け時計を見る。
4時40分ちょっと前。
HRが終わってからだいぶ経った。
そろそろ行かないとなぁ…。
僕が溜め息をついて取っていた眼鏡をかけたときだった。
前のドアが音を立てて動いた。

沖田さんだ。
お互い固まった。
のは一瞬で、沖田さんは普通に教室に入ってきた。
一番後ろの窓際にある僕の席より二つ前の窓際にある沖田さんの席まで歩いてくる。
僕は沖田さんの動きを見つめるだけだった。
机の中を覗き込み手で漁った後、ふでばこを鞄に放り込んで携帯を開く。
その動作をふらりと目で追う。
ぱこん、と音を立てて携帯を閉じた後、沖田さんが此方を振り向いた。


「部活、行かねぇのかぃ。」

「ぁ…銀八先生に呼ばれてて…」

「…そうかぃ。」


鞄を肩に掛けると、椅子をガタンと鳴らして沖田さんは元来た道を戻っていく。


「ぁ、あのっ」


僕は立ち上がって声をあげた。
沖田さんが振り返ったその時。
ザザッ、と音がした。

『えー3年、3年ずぃー組、志村弟。志村弟。直ちに国語資料室に来いー。何時まで待たせんだ、コノヤロー。』

銀八のだらだらとした呼び出しがスピーカーから流れてくる。
ちょ、坂田先生!と誰かの焦った声がしたかと思うと、ガタガタっと物が動く音がしてぶつっと切れた。
僕は唖然として無言になったスピーカーを見つめる。


「早く行きなせぇ。」


声にはっとしてドアの方を見ると声の主は既に居なかった。


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