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-新八サイド-
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「志村です、失礼します。」


引き戸を引いて中に入り、振り返る。
相変わらず汚いなぁ…。
部屋の中は本の山だ。
古今和歌集やら万葉集やらと書かれた冊子が床に積み上げられている。
まぁ、その中にはジャンプも数多くあるんだけど…。

ソファーには銀八の衣服がもみくちゃにされ、お菓子の袋やカップが散乱している。
そんな煙草と甘い匂いが籠もる部屋の主、銀八はと云うと、資料本とジャンプに囲まれたデスクでパソコンと格闘していた。
僕は今日、何回目かの溜め息をついた。


「先生、志村です。」

「ん?あぁ、新八か。来んのおせーぞ。」


ほわほわの頭を掻きながらパソコンの画面から顔を上げた銀八は僕を見ると煙草をもみ消した。
すいません、と一言謝る。


「ま、良いけど。それより、わりぃんだけどさ、珈琲入れてくれよ。砂糖とミルクたっぷりで」

「ったくもう、ホンモノの糖尿になってもいいんすか。」

「あーもういいの、いいの。俺は太く短く生きてやるから。」


銀八は椅子の上で伸びをすると、いつも緩いネクタイを更に緩める。
そのままノートパソコンを閉じてその上に突っ伏した。
僕がどうぞ、と差し出したカップをあぁ、悪い、と言って受け取る銀八の顔はいつもより疲れている。


「先生どうかしたんですか」


僕の問いにずっ、と珈琲を啜ると銀八は忌々しげに答えた。


「理事長から書類作れってお達しがあったんだよ、あンのクソババァ。俺がパソコン苦手なの知っててワザと回してきやがったんだ。」


おかげでこっちは躰がガチガチだっつの、と言う銀八は肩を拳で叩いている。
僕は何とかソファーに座れる場所を確保してそこに腰を下ろした。
銀八がもう一口珈琲を啜ると眼鏡越しに僕を見る。


「---で?」


僕は銀八から視線を逸らす。
どうしよう…。
なんと言えばいい?


押し黙っている僕に銀八は溜め息混じりに訊いてきた。


「なぁ、沖田ってどこ行ったの?」

「…知りません。」

「ふーん、そう。じゃ、何があったの。沖田クンと。」

「…何もありませんよ。ただ授業始まってるのに気付かなかっただけです。それと沖田さんと僕は何にも関係ないですから、無理矢理結びつけないで下さい。」


僕は一息で言い切った。

*****

一気に喋ると顔を下げ、だんまりを決め込む新八に俺の片眉が上がる。
この少年はそうは見えないが意地っ張りだ。
訊いたからって素直に話すような奴じゃない。
俺は知ってる。
ずっと見ていたから。
知っている。
…だけど、こんなトコでそれを出すのは得策じゃねぇんだよ、新八クン。
俺は新八を見つめる。
此方を見ない新八。
形の良い頭に俺にはないサラサラの髪を垂らして下を向いている。

ふぅん。
沖田と何かあったのは間違いない。
何があったのかまではわからないけど。
言えないこと。
俺には言えないことな…。
手に持ったマグカップの中身を揺らす。
キャラメル色のそれからは甘い匂いが立ち上る。

新八の淹れる珈琲は自分の舌にぴったりだ。
甘さと柔らかさが上手く合わさっていて。
そうだ、俺は新八が淹れた珈琲を飲んでから、この珈琲を飲みたくてよく新八をここに呼んでいた。
文句を言いながらも丁寧に淹れる姿が可愛くて用もないのに呼んでいた。
…沖田と新八がつき合い出すまでは。
珈琲を一口啜る。
二人がつき合い出すと当然二人で帰るようになる訳で。
俺が新八を誘える機会はほぼゼロになった。
手を繋いで帰る二人を何度か見かけたことがある。
そのときの新八は頬を染めてたくさんまばたきをしていた。
俺はもう一口啜る。
底に行けば行くほど甘い筈なのに、それは舌に苦味を与えた。
初めて新八の珈琲を苦いと感じる。
苦い。
おい、苦いぞ、新八。

マグカップを持って立ち上がった。
新八の座っているソファーの向かいに腰掛ける。
ケツの下にYシャツがあるのに気づいた。
…シワになっちまうな。
明日着る予定だったのに、アイロンをかけねぇと、と思ったが思うだけだった。
俺は新八との間にある机に持ってきたマグカップを置いた。
コン、という音に新八が顔を上げる。
泣きそうな顔だった。
なんで、泣きそうな顔してんだよ。
とは口に出さず、まぁ、これでも飲みなさいよ、とマグを新八の方へ滑らす。
泣きそうだった顔がポカンと間抜け面になった。


「あの…これ…」

「あ?」

「先生…のですよね…?」

「そうだけど?何、遠慮しないで。」

「いや、遠慮っていうか…」

「甘くないから。」

「え」


マグカップを困ったように見つめていた新八が不思議そうに顔を上げる。


「甘くないって、それ。」

「あ…甘くなかったですか?」

「むしろ苦かった。」

「えぇ〜…」


おかしいなぁ、いつもと同じ量入れたんだけどなぁ、と呟きながら新八が困惑したようにマグカップを手に取る。
冷めていて生ぬるいだろう。
新八が一口飲む。
眉間のシワが深くなった。


「ぅっ、わ…!ちょ、これ甘いじゃないですか!甘っ!」

「…そぉ。甘かった?」


甘甘っすよ!と叫びながら新八は口元を拭う。
カップを危険物かのように机に置いた。
甘いんだ。
新八には甘かったんだ。
新八が目玉をひんむいて俺に叫ぶ。


「これが甘くないって先生本当に病気なんじゃないですか!?」

「ビョーキなのかねぇ。」

「い、や、まぁ、疲れてるからかもしれませんけど…」


う〜んと考えているらしい新八を見据える。
煙草を吸う気にはなれなかった。
代わりに飴を取り出す。
女の子の絵が描いてあるあの有名な棒付きキャンディだ。
それを口に含み再度新八を見据える。
俺の視線に気づいたのかまた緊張した顔になる新八に俺は口を開いた。


「何があったんだ。」

「っ、だから何も」

「志村。」


名字で呼んでみる。
くっ、と喉が鳴る音が聞こえた。


「沖田となんかあったんだろ?」

「関係ないでしょうっ。」


あ、カチンときた。
今、カチンときたんだけど。
煩わしそうに言い捨てた新八に俺の声のトーンが下がる。


「関係なくは無いよな、授業前半サボったんだから。お前忘れてるみたいだけど俺は教師よ?生徒がサボったら理由訊くの当たり前だろ、おい。何、下見てんだ。こっち向け志村。」


そこまで言って口から飴を抜き取る。
指に挟んでぷらぷらと揺らしてみた。
脅すつもりとかじゃ無かったんだけど。
新八はビクッと肩を揺らして飴を見つめている。
新八は泣いていた。
ポロッポロッ大きな目玉から雫が零れている。
おいおい、高校生だろ...。
ったく…。
口に飴を銜え直すと俺はケツの下のYシャツを抜き出して新八に放った。


「泣くなって、ばっつぁん。」

「な、泣いてなんか…」

「泣いてるでしょーが。それで拭け」


もういい。
どうせシワシワなんだ、水がついたって変わらない。
新八は困ったようにYシャツを見た後、スンマセンと一言言って眼鏡の下から目をこすった。
ずびー--っと不穏な音がする。


「ちょ、おまっ、誰が鼻水かめっつったよ!」

「へへ…スンマセン。」


新八がこすった鼻と目尻を朱くして泣き笑いしている。
コロッコロッ変わって忙しい奴だわ。
…ま、好都合。
俺はニヤンと笑い、ワザと困った声を出す。


「あ〜ぁ、そのYシャツ明日着るつもりだったってのによぉ〜。志村ったらそんなベドベドにしちゃってさぁ。困ったわぁ〜」

「えー、でもお尻の下にひいてましたよね?」

「うるせぇな、兎に角それダメにしたんだから協力して貰おうか。教えろって、泣くほどの理由。」

「協力って…」


そう洩らし、しばしの沈黙の後。
隠すのを諦めたのか、新八はポツリポツリと話し始めた。


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