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□色恋災厄日和
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菓子やアイスをソーダ味に見立てるための着色料を豪快に流したような空。
それは誰がどう見ても快晴だ。
ついつい見上げて見るほどの清々しさだが。
退は空を恨めしげに睨む。

これは仮面だ。
空の仮面。

何故なら、昼からの降水率はほぼ100パーセントだと天気予報士が携帯の中で告げているから。

お天気おねえさん、もっと早く云ってくれればいいものを。
そう、できれば家を出る前に云って欲しかった。
プロ野球選手との対談なんかいいから。

ワンセグを閉じて溜息をつく。
こんなに晴れた文句なしの空が自分を騙した気がして腹が立つ。
雨だと云うのなら曇っていればよかったのに。
そうしたら、あのボロアパートを出てすぐの玄関で空を見上げて「いい天気だ」と笑顔する事もなかった。
まんまと騙された。

あー鬱陶しい。
なんでこんなに青いんだ。

自分はこの青さに騙された訳で、傘を忘れた訳だから、帰りに濡れることは間違いない。
今日はロクな日にならないだろう。

いや、今日もだ、と退は云い直した。

毎日必ず一つ嫌なことが起こる。
こんなことは自分の気の持ちようだと云うことに退は気が付いていないふりをしている。

ともあれ、いつも通りに登校して。
いつも通りに下駄箱を開けると。


「ぇ…ぇ゙ええええっ!?」


これまで生きてきて見たことの無いものが入っていた。


<色恋災厄日和>


山崎退只今人生初体験中。


下駄箱の前で立ち尽くす。
手には真紅のハートで封をされた純白の封筒。
胸の高さにそれを持つ手は震え、顔が強張って。
心臓がドクドクと胸の内側で騒いでいる。
心の中では一つの単語がぐるぐると巡りだす。

コレは…俺の勘違いじゃないなら…。

それは否定したくないが否定する方が自分には道理が通る単語。

ラ、ラブレター!!?

人生で初めて浮かんだ単語。
心の中で叫んだ単語に顔が赤くなる。
眼だけで周りを見回す。

人はいないけど。
ど、どうしよう。
顔がムズムズしてきた。
これは。

――超嬉しいんですけどぉぉぉぉっ!!!

口には出せないので心の中でシャウトした。

お、俺にも遂に春かぁぁあっ!?

躰が喜びに震える。
奇跡のようだと、退は思った。

それもそのはず、周りから地味だの、ミントンだの、云われてきた退は。
女の子達からも用事の無いときは空気のように扱われている訳で。
色恋の青春なんて期待していなかった。
ミントンに全てを捧げてやる気でいた。

が、この手紙は証明してくれているのだ。
やっぱり見てくれる子は見てくれている、と云うことを。
自分の存在を見て、想ってくれる子がいるのだ。
そう思うと躰がむずむずした。

純白の封筒には『山崎さんへ』と綺麗な丁寧な字で書かれている。

やばい、涙出てきた。

退は口元が緩みつつも目から零れ落ちそうになる涙を堪えるのに必死になった。

一体どんな子なんだろ―――


「なんでぃこりゃ」

「あ゛っ!!!」


突然ひょいっ、と音がしそうな勢いで手から消えた手紙に慌てて振り返ると後ろで沖田が手紙をひらひらと揺らしていた。


「沖田さんっ、それは」

「手紙?」


急いで手を伸ばしたが、背伸びに手伸びをされてかわされる。
えーっと、何々?と云いながら煩い、と退の横腹を蹴る沖田に違う意味で泣きそうになる。

くっそ〜〜〜!

もう沖田にいじられることは必至だ。
案の定、スピーカーばりの声で沖田が口を開く。
周りが何事かと此方を見た。


「ぁー『山崎さんへ』ェ?」

「ぅわぁ…もう返して下さいよ〜!」


退の様子にこれはオモシロいネタを見つけた、と沖田は内心ほくそ笑む。
昔から他人の弱点には鼻が効くのだ。
ニヤリとしながらワザと間延びした声で口を開く。


「もしかしてーラブレ」

「朝っぱらから煩せェな、何騒いでんだ」


沖田が単語を言い切らない内に聞き慣れた声と人間が二人現れた。
近藤と土方だ。

面倒なのが増えたか、沖田の牽制になってくれるか。

退にはわからないが一先ず、おはようございますと挨拶をした。
このまま話がそれてくればいい。
横で沖田もペコリと頭を下げて口を開く。


「近藤さんオハヨーゴゼーマス、土方さんも。今日も相変わらずマヨネーズで髪固めてんですかィ?汚ねェな」

「どんな朝の挨拶!?一言多いんだよ、手前は。根も葉もない事云ってんな。…おい、近藤さん?ちょ…違うから、違うからね?!」

「あーあーすっぺーなァ、ちょ、あんま近づかないで下せぇ。臭いが移っちまわァ」


トシ、手前…と沖田の発言に悪乗りしているのか本当に引いているのかわからないが一歩引きさがる近藤に土方が叫ぶ。
そんな土方に向って沖田が空気中を扇いでいる。
退には関係のない馬鹿な光景だが、その手には手紙が握られていて。
土方と退の顔が引きつった。


「人の手紙で扇ぐなァァァァ!!」

「それ、やめろや!なんなら手前こそ、近付くんじゃねぇぞ。俺の半径三メートル以内に入るな。」

「誰が望んで入りますかィ、自意識過剰も大概にしてほしいもんで、臭方さん。山崎悪いねィ」


こんな事になったのは臭方のせいでさァ、と親指で土方をさす沖田に、土方が青筋を立てる。
と同時に近藤が土方と沖田、何故か退の頭を拳骨で殴ると訳のわからないことを言い出した。


「朝から止めなさい!お母さんあんたたちをこんな子に育てた覚えはないわよォオ!」

「「お母さん!?」」

「俺はそんな汚い股から生まれた覚えはねぇんですが。」


三人のツッコミに近藤はがはは、と笑う。
どうやら喧嘩を止めるためのお母さんらしい。
これが近藤の喧嘩の止め方、というよりもこうでもしないと止まらない二人ではあるが、何故自分まで殴られるのか。
頭をさすりながら、どんな喧嘩の止め方?と呟いた退だったが効果はあったようだ。
土方が近藤さん行こう、と上履きに履き替える。
近藤も履き替えながら、しかし、退の触れてほしくない核に触れてきた。


「と云うか総悟の持ってるそれは山崎の手紙なのか?」

「そうでさぁ、ラブレターらしいですぜぃ、近藤さん。」


沖田が「近藤さん」と強調して答えるのに嫌な予感がした。
すると案の定、近藤の顔が険しくなり、退を睨んでくる。


「山崎…手前…」


此処は逃げるべきだ。
退の本能が体の細胞組織を動かした。
ミントンで鍛えた瞬発力で沖田の手から手紙を奪い取ると猛ダッシュで階段へ向かう。
そのすぐ後ろを近藤が追い掛けてきた。


「山崎ィィィ!それ本当にラブレターなのォォ!?てめぇ、モテない同盟から抜け駆けする気かよぉお!」

「そんな同盟入った覚えねー!ぎゃぁぁあっ!」


あぁ、やっぱり厄介だ。


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