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□バレンタイン'09
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近土 バレンタイン



「あぁ…」


うんざりするような匂いに声が出た。
今土方の部屋は甘ったるい匂いに満たされている。
ちらりと土方は匂いの元の青と黒のストライプの紙で包装された箱を見つめた。
机の上にある箱の中身は、カカオの実を煎ってすりつぶし,砂糖・カカオバター・ミルク・香料などを加えて練り固めた菓子。

簡単に云うとチョコレートだ。

包装越しでもわかるほどの匂いに顔をしかめる。
いつも煙草の匂いがしている部屋にチョコレートの匂いが混ざると吐き気がするようなモッタリ感が鼻孔を襲い。
マヨネーズの酸味のある香りが恋しく感じた。

が、その箱を見ると頬が熱くなる。
こんなものを持っている自分が恥ずかしい。

…阿呆だ、ぜってー阿呆だ。

部屋で一人、土方は身悶えた。

*****

遡ること数時間前。

その日の帰り道、コンビニに寄った土方は顔をしかめた。
店内の至る所にピンクや赤のラッピングがされた箱が並んでいたからだ。
甘い匂いが暖房の熱と混ざり合って気持ち悪い。
おにぎりを選びながら土方は早く出ようと急いだ。

そんな土方は基本甘いものが好きではない。
かと云って酸っぱいものが好きかというとそうでもない。
ただマヨネーズが好き。
無類のマヨネーズ好きだ。
今手に持っているおにぎりの具もシーチキンマヨネーズやエビマヨな訳で。
マヨネーズは世界を救う、最低でも自分は救うと信じている。
だからチョコレートなんて普段は見向きもしない物質な訳で。
今日もこんなに並んでいながら興味もわかず、むしろ鬱陶しい存在だった。
土方はレジに並び順番を待つ。
レジの前にも箱の山があって、げんなりする匂いを発していた。

チョコレートが好きな男は余りいないのが現実なのに何故女はチョコレートなんてものを贈ってくるのか。
毎年大量に渡される土方にはさっぱりだ。
昔の外国で、妻と夜を共にする男が食べていたらしいが、それが関係あるのだろうか。
カカオの成分にはそういうものもあるようだし。
そう考えるとそんな可愛いもんでもねぇな、と土方は鼻で笑う。
笑いながらちらりと隣の箱の山に目をやった。


「っ…!?」


土方はギョッと目を見開く。
箱の山からピンク色の箱をとる手が見えたのだが。
えらく筋張っていて、大きくて。
その手の持ち主が-------男だった。

20歳くらいの男がラッピングされた箱を手に持っている。
唖然と土方は自分より短髪の男を見つめた。


「!…」

「……」


土方の視線に気づいた男が見つめ返してくる。
すっきりとした目元がまともな奴だと証明していて。
土方はなおもこの男がわからなかった。


「ん?どうした?」


棚の死角から別の男が不思議そうに出てきて近づいてくる。
目の前の男の連れらしく肩に手を置いた。
背の高い奴だ。


「いや、これとったらさ、」


ラッピングされた箱を示しながら男が曖昧に笑う。
大きい方が、ん?と覗き込んだ。


「あぁ、彼氏にあげるやつ?」

「うん、ぁ…」


返事をした方が土方を見た。
そのとき


「お待たせしました、次の方どうぞ」


とレジが空き。
土方は男を無視して支払いを済ませ、そくささと店を出た。

******

なんなんだ、あれ。
男がチョコを選んでいた。
っつーか…『彼氏』。

土方は歩きながら複雑な表情を浮かべる。

アレだ…同じっちゃあ同じだ。
俺だって近藤さんと…付き合ってる。
が、バレンタインチョコを人前で彼氏にあげるために選ぶとか。
つか、男がチョコあげるとか。
……ありえねぇ。

煙草を吸いたいが制服の為我慢しながらおにぎりにかじりつく。
あの後店員の目とか、どうだったのだろうか、と考えながら土方は米を飲み込んだ。


「----で、俺の彼女、バレンタインくれねーんだってェ」

「は!?なんで!?」

「ガラじゃないの、そーゆーの、って云われた。」

「え、あの子だろ?この前の。ガラじゃないってそーゆー問題じゃなくね?」

「だろォ、あーゆーのってさ、そーゆー問題じゃねぇだろ。あんなん彼女に云われるとなんか愛されてねぇ気がするじゃんかァー…」

「実際愛されてねぇんじゃねぇの?ははっ」


通りすがりに耳に入った会話に土方は雷に打たれたように立ち止まる。

………
いやいや、ねぇな。
だって男同士だ。
あんなモンあげなくたって俺と近藤さんは平気だ…よな?
愛とか、んな恥ずかしいモン、チョコやらなくても…でも近藤さんああいうの結構気にするか…?
でも俺からチョコって…。
あんなん人前で買えねぇし…。



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