for you...

□じゅえるりんぐ*
1ページ/6ページ



+じゅえる りぐ+


午後四時。
窓の外ではしとしとと雨が降っている。
秋霖。
重い鉛色の雲は光を遮断し、灰色の町は早くも夜のようだ。

こんな秋の雨は冷たい。

寒がりの銀八は、生徒指導室でオンボロのストーヴを焚いて、ホットココアを啜りながら曇る眼鏡の向こう、硝子窓をみた。

雨の降る様子に綺麗な眉をしかめる。
銀八はスクーターで通勤している。
だから、雨は困るのだ。


「ぁー…帰んのめんどくせーな。コッチに泊まっちまうかな…うん、そうしよう。」


独りごち、ココアを啜る。
そんな背中には貼るカイロ。
勝手に指導室に持ち込んだソファーに深々と座り。
膝には膝掛け。
靴下だって厚手の生地だ。
通勤には既にマフラーをしてきている。
それだけ寒さに弱い。
すっかり冬スタイル。


「はぁ〜ココアが沁みるぜ…」


今日の授業も終わり、甘いココアで温まる、至福の時を味わっていた。
無断で占拠し、煌々と灯りをつけている生徒指導室はある意味銀八の住処より居心地がいい。

広くて、すきま風が入らない。
埃臭いカーテンを除けば、ゴミがなく汚くない。
なんと言っても電気代が浮く。


「ぁー…サイコー…」


そんなこんなで、銀八は微睡み、瞳を閉じた。


******


バタバタバタバタ

何かを打ちつける音に目が開いた。
雨音だった。
上には打ち付けられた雨が次々に波紋を作っていく。
これはひどい雨だ。
銀八は空を見上げ、そして首を傾げる。

外にいるのになぜ濡れない?

しかしよく見ると上は硝子張りで、サイドも硝子に囲まれて。
要に硝子張りの部屋・箱にいるのだった。

しかも温かい、もふもふとしたものに包まれている。
生暖かい息が首もとにかかり、見ると巨大犬・定春だった。
あの大きな黒い瞳で銀八を見下ろし、尻尾を振っている。
このお陰で、温かかったのだ。

不思議な状態にも関わらず、銀八は満ち足りた気分でため息をついた。

と、ガチャンと音がした。
見ると、右手側の硝子壁が割れている。
銀八は何事かと思いつつ、その割れた所を見つめていた。

ザァァァァ

そこから強烈な雨音、濃い雨の匂いが入り込む。
そして、冷気。
入り込んできた冷気は銀八の躯を這う。


「ぅっ…」


ぞわりと躯が粟立つ。
必死で定春にしがみつくが、冷気は容赦なく銀八に纏わりつく。

いつの間にか定春は居なくなっていた。
服の下を這う冷気に震えながら、銀八は冷気を払おうと腕を振る。
そうすると更に纏わりつく冷気。


「なんなんだよ…おい。やめ…つめたぃ…」


耳元で遠く声がする。

----温めてヨ…



「っだあ!冷てぇっ!!!」


思わず叫んだ。

目をぱちぱちとさせる。
眩しい。
生徒指導室の天井が見える。


「…夢…?」


ソファーに横たわっているのか、目玉を動かすと視界が低い。
ズレた眼鏡。
ストーヴは火が消えていた。
どれだけ寝ていたのか。


「寝ちまったのか…ったく…」


躯を起こそうと力を込める。


「ぁー嫌な夢だった……ぜ…?」


胸元を見て固まる。
緩いのを更に緩められたネクタイ。
青いシャツは、はだけて襲われたんじゃないかと思うほどだが。
銀八は胸元に乗っかっているものに冷たい視線を送って。


「オイっ!!!」


ガンッ
胸元に乗っていた、ピンク色の頭を床に叩きつけた。
勢いよく叩きつけられたそれは呻きながら顔を上げ。


「イタタ…ヒドいなぁ…」


ガンッ
笑いかけてきた顔をまた床に叩きつける。


「何やってんだ、おい。アレか、寝込みを襲う気だったか?」

「や、違うョ…温めてもらいた…」


ガンッ
銀八は容赦なく頭を押し付ける。
素行の悪い、ついでに頭も悪いこの妖怪にはこれ位の仕置きが必要だ。
銀八はズレた眼鏡を戻しながら、手を放す。


「この頭イカレポンチ。セクハラかコノヤロー、最低だな。」

「だから、違うョ。」


銀八は舌打ちする。
あんなに強く打ち付けてやったのに、顔を上げた妖怪、神威は笑顔のまま唇を舐める。
口端を切っただけか。
頑丈さもやっぱり妖怪。
そんな神威は、頭からびしょ濡れだった。
だから、抱きつかれてた胸が濡れているのか…。


「びしょ濡れ妖怪め…じゃ、何。なんでンな濡れてんの。」

「雨が降ってるから、濡れたんだ。寒いよ?」


笑顔で首を傾けてくる。


「傘、差しなさい。バカチン。」

「なかったんだ。ここまで濡れてきたんだよ?これじゃ、寒いじゃないか。」

「いや、来なくていーだろ、馬鹿だろ。やっぱ馬鹿だわ。」

「なのにセンセイ寝てるじゃないか。だから温めてもらいたくて。」

「はぁ?悪くないからな、俺。」

「悪いよ、恋人が来るのに寝てるなんて。」


なんだかひどく理不尽な事を馬鹿に言われている。
このままでは、終われない。


「いいか?まず、恋人じゃない。これ、違う。アーユーオーケー?」

「……」

「次。お前が来るなんてセンセイ知らない。こんの馬鹿!」

「ェー…」

「で、なんでびしょ濡れのお前は寒がりの俺を脱がして抱きついてんだ。あほんだら。」


ここまで言って神威を睨むと、首を傾げていた。
妖怪には理解しきれなかった?


「寒いときはこうやって裸で温め合うものだろう?」

「どこの国の常識ですかー?妖怪大国?」

「違うよ、日本だよ。ヨコハマ物語二巻でやってたョ。」

「馬鹿!ほんと馬鹿!なんで少女マンガ読んでんだよ!チョイスが古い!」

「楽しいョ?」


銀八はシャツのボタンを止めながら唸った。
この神威が少女マンガを読んでいた。
然も古い、ヨコハマ物語を読んでいた。
なんで、あんな繊細な絵のマンガ!?
お前は北斗の拳だろ!?
と、心の中で突っ込みつつネクタイを外した。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ