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□戯れの三味線
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どうにか聞ける音になり、ほぼ万斉の手により一曲弾いた頃には退の額には汗が滲んでいた。
張っていた息を吐き出した退に、力が入りすぎていると、万斉がクスリと笑う。


「不器用な俺には、形を保つので精一杯だよ。あぁ、肩凝った。」

「退は、弾くより弾かれる方が向いているでござるな。」


主は、良い音がする…そう耳許で囁くと万斉の手が退の身体を撫で、汗ばんだ首筋に鼻を寄せる。
濡れた梅花の薫り。


「ん……。なんだよ、それ。」


情事の声を指してか、以前の『面白い音』の事を云っているのか、どちらにしても嫌だと退は顔をしかめる。
その顔に万斉は愉しそうな笑みをする。


「三味線が何で出来ているか、知ってる?」

「動物の皮だろ。」

「そう。最近は犬が多いが、これは猫皮でござる。」

「ねこ……」


退は三味線の胴を指の腹で撫でる。


「雌猫は交尾の際に雄猫に皮を引っ掛かれてしまう。よって、雌猫の皮を用いる場合は交尾未経験の個体を選ぶ事が望ましいと言われている。しかし、実際には交尾前の若猫の皮は薄いので、傷の治ったある程度の厚みの有る皮を使用することが多いんでござるよ。」


すらすらとそんな事を諳じる万斉に、退は、へぇ…と返すしかない。
この三味線の猫もそうなのだろうか。


「退は、猫に似ているでござる。しかも、拙者が付けた傷も塞がっている……」


いつの間にか服に潜り込んだ万斉の指が退の傷痕を辿る。
今は塞がり、周りの皮膚を引きつらせている其処は、万斉が刺したものだ。
背中まで貫通する程の刃を受けながら、前進を止めない退を思い出す。
あの音と姿が、普段の本人の見た目からはわからないだろう奥底にある熱を万斉に伝えてきた。
面白いと思い、また聞き惚れた。


「あの時から拙者は、主とはこうなると思っていたでござる。」

「おやおや、今度は御得意の口八丁。」

「確かに拙者は、三味線を弾くのが上手い。」

「うまくないから!いや、うまいけども!」

「云っていることが滅茶苦茶でござるな。」


退は自分でも云っていることがわからなくなり唸った。

三味線という楽器が語り手に調子を合わせて弾くことから、『三味線を弾く』とは相手を惑わせる、更に嘘という意味でも使われる。
万斉はそれが上手い。
恐らく、交渉役などは彼が行っているだろうと退は見当をつけていた。

そんな退には構わず、背中の傷痕に指を這わせる万斉はご機嫌だ。
傷痕をつけた張本人が、悪びれずその傷を愛でる様子に退は呆れつつ可笑しさを感じる。
伊東を利用し、真選組壊滅を図った者とこうしているのは裏切りなのだろう。
それでも、あの時自分を殺さず生かしたこの男を憎めなかった。


「よく云うよ。マジで死ぬ程痛かったんだからな。」

「殺す気であったのだから当然でござる。」

「それもそうか……てか、俺と雌猫を一緒にするなよな!」


退は後方に向かい肘を突き込む。
身体を捩りそれを交わした万斉は、退の首筋に歯を立てた。
びくりと揺れる肩を剥き、素肌に唇を落としていく。
三味線を持たされたままだった退の腕がぶるりと震える。


「退はいい三味線になる……」

「アッ……、誰が、なるか…よ、」


其のままでも弾けば震えて良い音を出す、と万斉は退の敏感な場所に触れてゆく。
身体から力が抜け、退の手から撥が落ちる。
退の開いた唇からは抑えられない吐息が洩れる。
反った喉元に汗が垂れ込み、湿度でしっとりしていた髪がはりついている。

万斉はその扇欲的な画に目を細める。

音は、あの時とは変わってしまった。
次にあの音を聞くときは、今の関係には戻れない。
いつか訪れるかもしれない時を思う。

明確に言葉にしなくとも、互いの霞の奥は見えている。
それでも冷たい霞を払おうとせず、そのままにするのはその心地好さと何時かが来たときの為だ。
一線を越えることは出来ない。

今、この時の彼の音を聴き、弾く。
万斉にとって特別なことだった。


「も……む、り…ハァ、」


快感に絡めとられた退は万斉の身体を滑ると、ゴトリ、と遂に三味線を置いた。

弦に爪がかかる。
てぃん、と今日一番の良い音で鉄の強度を誇る弦が鳴いた。





end
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