Silver Soul

□耳の味
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「岡田似蔵?人斬りの?」
「アンタ…誰だい?」
「河上万斉でござる。」
「ぁあ…初めまして。」

似蔵は唇を歪めた。





高杉晋助という篝火に惹かれて、過激テロ集団・鬼兵隊へ入って半月。
正直、テロリストなどというものに興味はない。
日本を変えようだのという信念もない。
集団の一員になった気もさらさらない。
大抵の奴らは高杉という篝火に魅せられた羽虫に過ぎないし自分もそうである。
だからといって、その集団の中に混ざり仲良しこよしというつもりもない。

自分は篝火を守る、その光を絶やさないように。
さらにそれが輝けるように、自分はその為なら何でもする。
どうにもならない暗闇に現れた、視神経を焼き切られるほど鮮烈な光。
その光に自分は惹かれ真の意味で盲目になった。
だからと言って、自分は馬鹿だとも愚かだとも思わない。
唯一、あの人の光を陰らせる過去、それを壊し、あの人が憎む国を壊し、すべてを壊す。
そしてあの人の隣で光を守り続けるのは自分。
もう二度と暗闇には戻らない。
何も見えない目的もない中、小物を壊し続ける自分にはなりたくない。
身を焼き切られるまで、自分は光を守る。

それが今の自分の存在意義。

「人斬り河上万斉…有名人だねェ?」
「気付いたらそんな名がついていただけ。お主こそ最近よく聞くが?」
「コッチも勝手についてたんだよ。小物を壊してる内に、ねぇ。」

ただ、鬼兵隊には既に人斬りと呼ばれる男がいた。
今話しかけてきた男、河上万斉。
話には聞いていたが会ったのは初めてだ。
自分の敏感な鼻に人工的な香りがつく。
ワックス、香水、レザー。
微かにあの人愛用の紫煙の香り。

「あの人に会ったのかい?」
「…晋助?」

心がざわりとする。
晋助などと、対等であるかのようにあの人の名前を呼ぶ。
自分が居たいと望む位置に一番近い所にいる。
この男があの人の隣にいるに相応しいとは思えない。

「人斬りがーーー」
「?」
「二人も必要とは思えないねぇ。」
「・・・」

刀に手をかける。
相手が構えたのが手に取るようにわかる。
そう、人斬りは二人もいらない。
あの人の隣にいるのは自分だ。
ならば、この男を壊す。

体重を前にかけ、踏み出すと同時に刀を抜く。

自分の技は刹那。

斬った。

と思った。

「!」

喉元に刀が触れていた。
背に感じる体温から、抱き込まれる形で当てられているのだとわかる。
自分の刀の先には男の残り香。
その刀すら手にはなかった。
斬ったと思ったのに。
いつかの男を思い出す。
あの忌々しい光。
銀色の、あの人を陰らせる過去。
こめかみを汗が伝った。

「確かに、二人も要らぬ。」

低く囁くような男の声が耳元でする。
全身の毛穴から汗が噴き出し、ブルリと震えた。
自分はここで終わるのか。
あの人を守る前にすべてを壊す前にここで?

「ここで、決めてしまおうか?」
「っ…」

チリリと首に甘く痛みが走る。
刃が薄皮に筋をつけている。
ヒクリと喉仏が上下する。
もっと自分に力があれば、こんな男に負けたりしない。
銀色の光を消すことができる。
篝火を守り、輝かせる、すべてを壊す力が欲しい。

「ふっ…」

耳元に息を感じた。
男が笑ったのだ。

「っ…!」

耳裏に痛みが走る。
最初、熱い何かを押しつけられたのかと思った。
が、どうも違うらしい。
聞き慣れない小さな音がして離された所は外気を敏感に捉え湿っている。
何をされたのか理解できない。

「な、なんだぃ…?」
「何が?」

つい、訊いてしまったが、はぐらかされた。
後ろから脇の下に入れられた両手で当てられている刃に動けない。
少しでもズレれば自分の首に食い込むだろう。

「ど、うするんだぃ、アンタ…っ」
「さぁ…?」

耳に男の唇が触れ、息が入り込んでくる。
その湿気にゾクリとする。

「主、目が見えないとか…。」
「それが…なんだい?」

耳にかかる息に加え、弾力性のあるものがジワリと耳たぶを湿らせた。
眉を寄せる。
自分は何をされているのか。

「本当の目を晋助に眩まされ、盲目にならないようにする事でござる。」
「うっ…!ン…」

引き結んだ唇から声が漏れた。
くすぐったい。
耳を舐められていると理解した。

「一体、なんなんだぃっ…あんた…、っ」

まるで愛撫だ。
心拍が上がる。
こんな歳になって、20代後半だろう男に何をされているのか。

それを笑っている男。
頬にも柔らかな感触。
温かいそれは吸い付き離れまた吸い付く。
ワックスの香りに息を詰める。

「あれれ…アンタも目が見えないのかなぁ?男だよ、俺は…」
「クス……、」
「ン!ぐっ…」

耳を甘噛みされ、唐突に体を離される。
よろめきながら首に手を当てれば薄く血が滲んでいるのがわかった。
心の臓がバクバクとし、今更に肝が冷える。

「拙者には役目がある。主には主の役目がある。」
「・・・」
「その役目を終えても主が生きていればまた考えよう。」

笑ったまま言い切った男は向きを変えると、去っていく。

「は…言ってくれるねぇ……」

似蔵はぐっしょりとかいた汗を拭いながら唇を歪める。

自分の役目は、新兵器紅桜を使いこなすこと。
これは自分が望んだことでもある。
使えれば今までにない力を手に入れることが出来るのだ。

男が笑うたびに吐いた息が耳の奥に残る。

下らない事を言っていた。
忠告のつもりだろうか?
自分はとっくにあの輝きに魅せられている羽虫なのだ。
あの光を守るためなら何でもする。
新兵器を使いこなし、彼の憂いをすべて壊す。
その後、彼の隣にいるのは自分だ。
あの男ではない。

似蔵はこみ上げる笑いに肩を震わせる。



そうだ。今度会ったときは訊いてみよう。


自分の耳は美味しかったか、と。





********
しかし、次に会うことはなかったのでした。
万斉くんは、
晋助はお前がどうなろうと知ったこっちゃねー使い捨て程度にしか考えてないからハマるのも程々にしとけよー
って意味だったんです。

忠告を見誤った似蔵。

ちなみに万斉君も、紅桜篇が終わっても生きてたらまたちょっかいだそう程度。
高杉にのめり込む似蔵に興味持っただけな、面白いものキラー万斉でした。

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