Silver Soul

□月下の夜叉
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ザンッ

肉を、斬る。

ズンッ

骨を、断つ。

ドッ

心を、突く。


血飛沫が顔を汚す。

べっとりと生臭く温かく、それは顎を滑ってゆく。


銀時は自分の数倍はある敵の上から退くと、獲物を引き抜いた。

血と脂で汚れた刀がぬらりと月の光に反射する。

銀時は月を見上げた。


「また派手にやったなァ。」


声に振り返ると、久方振りに見る高杉が居た。

別の隊を引き連れてひと月、今日戻ったのだろう。


「お帰り。」


そう呟くと薄く笑う。

少し痩せたようだ。

そう云うと


「手前は相変わらず生き生きしてんなァ。」


と皮肉りながら笑った。


「今日の月は赤いぜ、高杉。」


銀時は再び月を見上げる。

隣に来た高杉が馬鹿か、と頭を叩いてきた。


「それは手前の目に血がついてるからだ。」

「…あ、ホントだ。」


云われて目の周りを拭うと確かに血がついている。

一頻り顔を拭って、口に入った血を吐き捨てる。

もう一度見上げると、白々しい光を放ちながら月が浮かんでいた。

なんだ、と銀時は呟いて欠伸を一つする。


「ふぁぁ…ぁー腹減ったなー眠いなー」

「野生児だな手前は。」


高杉が嗤いながら煙管を取り出した。

気取った手付きで吹かし始める。

銀時は髪を掻きながら、その動きを見つめた。


何時の間にか吸うようになっていて。

何時の間にか隻眼になっていた。

之はいつも知らない内に変わっている。


紫煙を目で追いながら、気取っちゃってよ、と銀時は呟いた。

刀を拭い鞘に納めると、銀時は敵を見下ろす。


先程まで自分と刃物を突き合わせていた相手は、今は生臭い鉄の臭いを放ちながら沈んでいる。

肉の塊。

銀時はツン、と足の先で屍をつついた。


自分の数倍のでかさで、歪な形をしていながら、同じモノが流れていると云うのは、何とも不思議な気がしてならない。


銀時の血は赤。

之の血も赤である。

勿論、他の人間の血も赤い訳だが。

皆、銀時とは逆だ。


銀時が楽しめば、周りはしょぼくれる。

銀時が生き生きとすればするほど、周りは生気が無くなってゆく。

戦場で敵を斬れば、頼られ尊敬される。

皆と居れば、恐れられ敬遠される。


…自分は、何だ?


銀時の中で何度目か知れない疑問が頭を擡げる。


この夜空の下、この草叢に、人は何人居る?

高杉、亡骸、自分…疎まれず怯えられない者は誰?

『-----鬼子だ、鬼子が居るぞ。それ、追い返せ!』

『あっちへおいき!嗚呼厭だ、気味悪いったら。塩を撒かないと。』

今までに投げつけられた物は、言葉は、人に向けてのものではない。

異形の者、化け物に対しての言葉だ。

受け入れられる者に非ず。


銀時はトントンと足の平で亡骸を叩いた。

もしや己の血は地面に転がる之に同じなのではないか?

銀時はそんな事を思った。

…肉の塊、御前が俺の兄弟かい?

自分が殺しておきながら、銀時は労るように、宥めるように足で叩く。

自然と口をついて出た。


♪ねーんねーん、ころーりーよー、

♪おころーりよー…


足で拍を取りながら口ずさむが、此処までしか知らない。

誰が謡ったか。

通りすがりに聴いたのかも知れない。

謡われた記憶は無かった。

頭の芯が麻痺したような感覚の中で、

其れでも又、繰り返す。


♪ねーんねーん、ころーりーよー、

♪おころーりよー…


「…気でも触れたか、白夜叉。」


黙っていた高杉がカチンと煙管を噛みながら訊ねてきた。

スルリと視線が躯を這う。

その視線に、
銀時は謡うのを止め、屍を蹴った。

あやしていた肉の塊はズッと微かに動いただけだった。


「…うっせーな、気取りっ子ビスケットが。」


玩具にしていた鼠に飽きた猫の様に、くるりと向きを変えると銀時は歩き出す。

後ろから一定の距離を保ちながら高杉も付いて来た。

がさがさ、がさがさ。

草をかき分け進む。

何処からか虫の声が聞こえ、自分が通るとピタリと止まる。

通り過ぎるとまた鳴き出す。

その様子に、

…姑息な奴らだぜ。

銀時は唇を尖らせた。

少し先に、今停留している荒ら屋が見える。

冷え冷えとした月の光で、青白く浮かぶそれは無の様に見えるが。


あの中には、人が居る。

疲れ切った、骸の様な。

自分に怯える者達が。

銀時は道を逸れ、畦道を進んだ。

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