小話
□魚と人間の話
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「おかえり厩戸」
隋から帰ってきて、魚の池に行ってみたらそう後ろから声をかけられた。
珍しい事に魚は池から出ていて驚いてしまったが、それよりも驚いたのは
「厩戸、だと?」
魚が私を名で呼んだことだった。
「魚、なんのつもりだ」
「・・・・・」
「魚?」
「・・・名前は、呼んでくれないのか」
魚は悲しそうな顔をして黙りこくったかと思うと、そんな事を言った。
なんの話だろうか。私は魚の名を知らない。
知らない者を呼べというのは無理な話だ。
「フィッシュ竹中、なんだろう私は」
「な」
「隋で付けてくれたと聞いたから、楽しみにしていたのに」
魚はざぶんと池に飛び込むと、頭だけを出してこちらを見た。
きらきらと後頭部の鱗が光を反射して澄んだ水が七色になる。
「なぜ私が話した事を魚が知っているんだ」
「私達みたいのにはね、噂好きが多いから自然と耳に入ったのさ」
パシャンと水が跳ねる。後頭部がゆらゆらと揺れているのは、期待をしているからだろうか、私が名を呼ぶことを。
何故、今さらそのような事を望むのだろう。
今まで一度も魚は名を呼んで欲しいとは言わなかったし、名を教えることもなかったというのに。
しかもフィッシュ竹中だなんてのは表の馬鹿な私が適当に作った単語にすぎない。
魚を表すちょうど良い言葉がなかったからそう言っただけだ。なのに、魚はとても嬉しそうにそう呼べと言う。
「名は、とても大切な、その者の魂を縛る物だからね。厩戸にはそう呼んでもらいたいんだ。私に名を付けてくれた初めての人だからね」
「なんだ、お前には名がなかったのか」
「あぁ、だから私も厩戸と呼べずにいたが、これであいこだから呼べるだろう?」
なんとも今日は驚いてばかりだ。この数十年、魚、人間と呼び合っていた理由はそんな些細なことからであったとは。
魚らしいと言えば魚らしいが。
「なるほど、ならば普段は竹中と呼ぼう、名を安易に晒すものでは無いのだろう。お前達のような者は特に」
「あぁ、そうだな・・・。ならば私は君を太子と呼ぼうこれで対等だろう?」
魚・・・竹中はそう言うと嬉しそうに笑った。
「それで太子、隋は・・・いや、あの子はどうだった?」
「随分嫌な聞き方をするな竹中」
「だって太子の顔にあの子の事話したいって書いてあるからね、気になって」
なんとも、やはり竹中にはかなわない。見た目は私より少し若いくらいなのに、生きている月日は私の倍以上らしいから仕方が無いことだが。
「やはり、どうにも面倒な部類の人間だった、が」
「が?」
「・・・嫌いじゃない、ああいうのは」
「そう」
竹中は相変わらず微笑んでいて、なんだか恥ずかしくなって私は目を逸した。
「それじゃあまたな」
「あぁ」
竹中は一度手を小さく振ると、ちゃぽりと池に沈んでいった。
そうだ、今度竹中にあいつを会わせてみよう。
そんな事を思いながら、私はブランコへ乗るために池を後にした。
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妹子との絡みも書くはずが名前のみの参加となりました。
太子はこれからどんどん妹子に惹かれていけば良いと思います。