小話
□綺麗だね
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「鬼男君は綺麗だね」
アンタがそう言うたびに、僕は消えてしまいたくなる。
美しい漆黒の髪、真っ黒な闇のような瞳、そして蒼白い冷たい肌。大王は僕とは正反対だ。
だからなのか、大王は僕の容姿を気に入っているらしく、三日に一度は先ほどのような台詞を聞くことになる。正直止めて欲しい。
カッコいいならまだ許そう、だがしかしオッサンに男の僕が「綺麗」だなんて言われて嬉しいわけがない。むしろ気持ち悪い。今風に言うとキモい。
「止めろって言いましたよね、それ」
「え、オレなんかしたっけ?」
三日前に言った事も覚えていないのか。あれか、長く生きすぎてボケ始めちまってるのか。
「綺麗だとかなんだとか言うのを止めろって言ってんですよ」
「あぁー、それ?いいじゃないの本当の事なんだから」
よくねぇよ!
心の中で突っ込みを入れる。普段なら爪でぶっさしてやるところだが、今はそういうわけにもいかない。
何故なら大王は珍しく真面目に机に向かって仕事をしているからだ。仕事と言っても書類に軽く目を通して判子を押すだけのものだから、僕とこうやって軽く話たりしているけれど。
とにかく、書類が汚れると面倒臭いので心の中でのみ突っ込んでおく。
「鬼男君」
「はい」
「なんで綺麗って言われるの、嫌なの?」
「なんでってアンタ・・・」
わざわざ作業を中断してこちらを向いた大王をみて、ため息をつく。
「綺麗だなんて言われて、喜ぶ男はいませんよ。むしろいたら引きます」
「そっかなぁ、オレ結構好きだけど・・・わぁああ引かないでよちょっと!」
「いいからさっさと仕事に戻れこのイカ!」
「ぎゃああああ!血だぁあああ!」
ぶっすりと爪を刺す。
まぁこの位置なら書類も汚れないだろう。
「鬼男君の鬼ぃ〜!」
“鬼男君は綺麗だね”
アンタがそう言うたびに、僕は消えてしまいたくなる。
アンタと違って、僕の肌は浅黒いし、成長途中の体は中途半端な筋肉の付き方をしていて情けないし。瞳だってアンタのような美しい色とは程遠い何色と言いづらい透けた色をしてる。
「(これのどこが綺麗なんだ、カッコいいだったら良かったのに)」
綺麗と言われるたびに、アンタと違う劣っている部分を指摘されているようで恥かしい。
それになにより、
「(やっぱオッサンに綺麗だと言われるのは、キモい)」
「それでもやっぱり、鬼男君は綺麗だよ」
あぁ、もうほんと、そんな綺麗な顔をして言うのはやめてくれ!
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