頂き物
□適わない相手
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『適わない相手』
「あっコロちゃん!暇なんで、曲芸でもしてくださいよ?帆の上で綱渡りとか宙づりとかでいいですから!」
「なっ!君が暇なんだから、君が曲芸でも何でもすればいいだろ!」
「危ないし、アホっぽいからイヤです。」
昼食の近いこの時間、決まって黒髪クルーはコロンブスをからかってくる。
コロンブスはプンプン怒りながら、文句を言う。
「君たちいいかげんにしろよ?昨日も一昨日も、その前の日だってそんな事ばっかり言いやがって、こうなったら提督命令だ!君が昼ご飯まで曲芸でも何でもして見せろ!!」
コロンブスがそう言ってのけると、黒髪クルーだけではなく周りにいたクルー達も爆笑する。
「アハハ!提督命令だってー、どうする?」
「コロちゃん、スゲェ本気の顔!お前曲芸してやればぁ?」
「うるさい、うるさい!誰でもいいから、曲芸しろよっ!」
コロンブスはクルー達の笑う声に更に不機嫌になっていく。それを見ながら黒髪クルーはニヤリと悪い笑みを浮かべて、挙手をした。
「仕方ないから、オレが曲芸してあげますよ!ただし、綱渡りとかじゃなくて、オレはモリを使います。」
「君が…モリを…?」
コロンブスはあまりに思い掛けない事で、不機嫌な気持ちはどっかに吹っ飛びポカンとする。
黒髪クルーは愛想の良い笑顔でにっこりする。
「はい、そうです。お〜い、誰か2・3本モリ持って来てよ!」
黒髪クルーは手首を回したり、関節をコキコキ鳴らしたりしてから、仲間のクルーからモリを受け取る。
「お前ら一応離れててくれよ?久々だから、モリ吹っ飛ばしちゃうかもしれないからさ!」
黒髪クルーはそう言ってから、足元に2本のモリを置き、1本を片手で器用に回し始める。ヒュンヒュンと風を斬る音を鳴らしながら、モリを持った右手を頭上や後ろを通し、持つ手を左手に交換したりする。
足元のモリに、足をうまいこと引っ掛け、2本目を追加し、それらを交差させるように回したり放り投げたりと、迫力のある動きを見せる。
コロンブスや周りのクルー達は、口を開けたままそれを見ている。コロンブスもすっかり夢中で見ていると、黒髪クルーがモリを回しながら話しかけてきた。
「コロちゃん、そのまま壁際まで下がってくれません?」
「へっ?あっと、ここでいい?」
コロンブスはなぜそうするのだか分からないまま、後退し壁に背中をぴったりとくっつけた。
黒髪クルーはとたんに、右手のモリを回すのを止めたかと思うと、モリを振り上げコロンブス目掛けて投げつけた。
「わぁ!!」
モリはドカッと壁に刺さり、コロンブスの顔の左側の間近くでビィィンと音をさせた。
コロンブスの頬を冷や汗が伝い、睨みながら黒髪クルーを怒鳴る。
「あっ危ないだろ!なに考えてるんだ!?」
「動かない方がいいですよ〜ほら、もう一丁!」
左手に持っていたモリを黒髪クルーは右手に持ち換え、ブンッと勢い良く放り投げる。
コロンブスは目をぎゅっと瞑り、壁にモリがドカッと刺さる音に小さく叫ぶ。
「…ヒッ!」
周りのクルー達はコロンブスの気も知らずに、やんややんやと盛り上がっている。
黒髪クルーは周りの声援に気を良くして、調子に乗っている始末。
「じゃあ最後の1本は、足の間に行きますか!」
「ちょっ…!本気で止めッ」
コロンブスが恐怖に泣きそうな顔をした時、ガンガンとフライパンをお玉で叩く音がした。
「おーい、みんなー昼食ができたぞ。」
「あっ、タイムアップだ!」
コックの昼食を知らせる声に、黒髪クルーはモリを投げようとした手を下ろす。それを見て、コロンブスはホッと肩を撫で下ろした。しかし、周りのクルー達は納得がいかないようで、意見を飛ばしてくる。
「最後の1本投げろよ〜!」
「当てちゃっても、この際いいから」
「え〜でもなぁ、集中力途切れちゃったし次はホントにコロちゃんに当たっちゃうと思うけど?」
「いい、いい。当たったらコロちゃんにオレらがご飯多めにあげて、ごまかすからさっ」
「そんなんでモリの痛みがごまかされる訳ないだろ!?いやだって!コック助けてよー!!」
コロンブスは必死に声を張り上げ、コックに助けを求める。その姿に黒髪クルーはムッとして、モリを振りかざす。
「じゃあ、いっきまぁ〜す」
「ヒャアァァァ!!コックゥー!」
コックはコロンブスの窮地迫る声に甲板に急いで走った。
黒髪クルーはモリを投げた後、コックを見やり口端を上げる。
コックはコロンブスに目掛けて飛ぶモリにフライパンを投げつけ、モリとフライパンはガンッと鈍い音を鳴らしてそれぞれ床に落ち、転がった。
コロンブスは安堵のため息をつき、コックも息をはいた。そのコックの横を何食わぬ顔で黒髪クルーが通り過ぎようとし、コックは厳しい口調で黒髪クルーに話し掛けた。
「モリなんて危ないだろ!ふざけて使うにしても、道具を選べ!」
「あんたにとやかく言われる筋合いないね。それにオレ、コントロールにはかなり自信あるし!」
「お前の自信過剰で、仮にも提督のコロちゃんに怪我させる気か!?もう少し考えろ!!」
後ろの方でコロンブスが「仮じゃない!提督だー」と叫ぶ声がする中、黒髪クルーが瞳を鋭くし、険しい顔になる。いかにも立腹な様子で盛大に舌打ちをした。
「わるぅございましたよっ!!だがオレはコロちゃんが提督命令で曲芸しろって言ったから、したまでだからなっ!」
「提督…命‥令?」
「コロちゃんにあとは聞けよ!」
ブスッと膨れて、黒髪クルーはさっさと食事室に入ってしまった。他のクルー達も黒髪クルーに続き、食事室へ逃げるように入っていった。
モリから脱出したコロンブスにコックは近付き、荒んだ目でコロンブスを見下ろす。
「提督命令で?曲芸?なに考えてんですか?あんたを庇ったオレがバカみたいじゃないですか。」
「あっ、でも事情があって‥その…」
コックの見下ろす瞳が冷たくて、コロンブスは目が泳いでしまう。
コロンブスは居たたまれない気持ちになって、コックの服の裾を掴み『ごめんね』と言う。
「あと、助けてくれて、ありがとう。嬉しかった。」
コロンブスが申し訳なさそうに、俯いたまま謝罪の言葉や感謝の言葉やらを言うものだから、コックはいつもの顔に戻り、ふぅとため息をついた。
「…コロちゃん、もういいですから、上を向いてください。」
コロンブスがコックの顔色を伺いながら、そっと顔を上げた。コックはコロンブスに顔を近づけ、優しく抱きしめると耳元で囁いた。
「怪我はしませんでしたか?コロちゃん。」
「あっうん。大丈夫…」
コロンブスは自分を心配する優しいコックの声に、頬をピンク色に染め上げる。
コックがそんなコロンブスの顔を見て、にっこり笑い、額にキスを落とした。
「じゃあ昼食、食べに行きましょうか?」
「うん!今日は何、コック!」
「パスタですよ。海の新鮮な魚貝類がいっぱいの!」
「…うえぇ、生っぽい魚嫌いなんだけど。」
「まぁそう言わずに、オレの愛もたっぷり入ってますから。」
そんな甘い会話を交わしながら、二人で食事室に入ってくる。それを見た黒髪クルーはまた睨みをきかせ、コックを見やる。だがコックはあっさりそれをかわして、コロンブスと楽しそうに話し続ける。
黒髪クルーはそれがますます気に入らなくて、足下なんかみないでヘラヘラ笑いながら歩いてくるコロンブスの前の通路に、足をサッと出した。
気持ちいい位、コロンブスはしっかりと床に転けてしまった。周りのクルー達はコロンブスが勝手に転けたものだと思い、ケラケラ笑う。黒髪クルーもクスクス笑っていると、コックが黒髪クルーの胸ぐらを掴んできた。
「いい加減にしろ…さっきといい、今といいコロちゃんをなんだと思ってる。」
コックが低い声で唸るように言うと、黒髪クルーに手を叩かれ、コックは手を離す。
「提督だろ?アホのコロンブス提督。あんた最近やたらとコロちゃん庇うよね?何、コロちゃんのこと愛しちゃってるわけ?」
黒髪クルーの言葉にコックは冷や水をぶっかけられたような顔になる。
「突然なに言って……!」
「まぁ、はっきり言ってあんたの気持ちなんかどうでもいいよ。でも毎回コロちゃんのことで突っかかってきて、ウザいんだよね〜」
「お前がコロちゃんをなにかっちゃあ構うから、オレはコロちゃんに呼ばれるんだ。」
黒髪クルーは無表情でコックをしばらく見て、急にいつものふざけたようなからかった声を出す。
「じゃあ、こういうのはどう?オレとコックでゲームしよう!昼メシ食べ終わってから、夕方頃まで魚釣りして多い方の勝ち!んで…負けたら、勝者の要求をのむ。」
黒髪クルーは挑戦的な目で舌をチロリと出して、唇を濡らす。
コックは眉を寄せ、唇を堅く結ぶ。黒髪クルーとは一度釣りで競ったことがある。その時は、黒髪クルーの圧勝でコックは苦汁を飲むはめとなった。今回の条件を聞き入れれば、きっとコックは負ける上に黒髪クルーの要求を呑まなくてはならない。
「あっごめんごめん。前コックは完敗だったよね、四匹だっけ?こんな不利な条件、のまないか!」
黒髪クルーはそう言って、クックッとコックを逆なでするように笑ってみせる。
周りではその話を聞いて、クルー達が賭け事の話をし始める。
「どっちが勝つと思う?」
「オレはコックが負ける方に賭けるかな?」
「そもそも、コックが勝負受けないんじゃない?」
周りのクルー達の意見はどれも、黒髪クルーの勝利を確定付けるものばかり。コックのプライドはズタズタで、黒髪クルーは余計に嫌な笑みを浮かべる。
コロンブスは恐る恐る、「コック…?」と話し掛けた。
「…受けてやるよ、昼メシ食った後だな?」
今まで黙ってたコロンブスは慌てて、コックの止めに入る。
「おっおい、コック落ち着け?君は前に魚釣りで負けてんだぞ?」
「ならリベンジもかねて、やりますよ。あんたも早く昼メシ食いますよ…!」
クルー達は盛り上がり、賭けの話に花を咲かせる。
黒髪クルーはご機嫌で、パスタを食べた。