BRAVE STORY

□Get my drift?
1ページ/1ページ




「…亘」
「……」
先ほどから何度呼びかけてもこうだ。聞こえていないのかと疑うほどに返事をしない。
小村曰く、『拗ねてんじゃね?芦川って感情表現乏しいし』。宮原曰く、『飽きたんじゃない?芦川って感情表現乏しいし』。他人事だからって言ってくれたもんだ。俺の感情表現はそんなに乏しいのだろうか。いつか周囲の人間にじっくりと聞いてみたかった。
亘はと言うと、学校が終わってからずっと俺とは無関係の方向に顔を向けて、的外れな返事をするか返事をしないか、とにかくぼんやりしている。
何か気に食わないことでもあったのかと心当たりを探してみるが、多すぎる。下駄箱に例によって例のごとく女子からのラブレターなるものが入っていたことか、それとも帰り際に女子に呼び出されて告白されたことか。しかしそんなことは今に始まったことでは無い。ラブレターはその場で破り捨てたし告白は勿論断った。そのことについては何度も応える気は無いと言っているし、亘がそれだけで深く思い悩む、ということは有り得ないに等しい。
思いを逡巡させても、さっぱりわからなかったので直接問うことにする。
「亘、言わなきゃわからないぞ」
「……」
相変わらず上の空だ。これでは埒が明かない。
思わず溜め息を吐きかけた時、亘が小さな声で何か言った。
「ラブレター…」
やはりそれか。説明しようと口を開いたところで、亘がまた小さな声で言った。
「もらったんだ」
耳を疑うというのはきっとこういうことだ。今聞いたことを頭の中で復唱する。ラブレター、もらったんだ?確かにそう言った。
「は…?」
気付けば、ぽかんとみっともなく口を開けて亘の顔を凝視していた。
「だ、誰から」
みっともなく声が上擦る。
「隣のクラスの…」
そこで亘は俯く。俺の頭の中は相手をどうしてやろうかという思いでいっぱいだった。
「誰だ!誰にもらったんだ!」
「えっと、その…」
亘の肩を掴んで揺さ振りかけた時、後ろから足音が聞こえた。
「あ、三谷くん」
はにかんで足を止めたのは、隣のクラスの女子だった。名前は知らない。
こいつか、と睨みつけるが女子がそれに気付く様子は無い。亘と喋って、笑っている。嫌な疎外感を感じた。疎外感には慣れている筈だったのに、今はこんなにも嫌だと感じるようになっていた。
一歩、足を踏み出す。唇がぶつかる。亘が驚いたように、牽制するように、呻く。
横目で見やると、女子は顔を真っ赤にしながら、あわあわと唇を開閉させている。
「ご、ごめんなさい、私、二人がそんな関係だなんて……おおお、お邪魔しましたぁっ」
走って行くのを確認して、唇を離す。すぐさま、何すんのと抗議の声が上がった。
「びっくりしてたじゃん…明日謝らないと…。もしかして美鶴、ラブレター貰った相手がさっきの娘だと思った?」
「…ちがうのか?」
「ちがうよ」
とんだ勘違いだった。彼女には悪いことをしたが、このタイミングで現れたのだから疑いをかけられても仕方がない。
「じゃあ、誰なんだ」
改めて問うと、亘はバツの悪そうな顔をして告白した。
「さ、最近さ、また美鶴の感情表現が乏しくなってきたから…何か出来ないかなって宮原とカッちゃんに相談したんだ」
またアイツらかと頭を抱えたくなるのを我慢する。
「そしたら、ラブレターを貰ったって言ってみろって、宮原が。いつもと違う美鶴が見られるからって」
そういうことか。つまりアイツらは俺を怒らせた。
本当に貰ったわけじゃないと分かってなぜだかほっとした俺は、気が抜けてしまう前にと亘の頭にげんこつを一発食らわせた。


end.


人はそれを嫉妬と呼ぶのですよ、芦川くん。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ