BRAVE STORY
□春の夕立、逢いたい想い
1ページ/2ページ
6時間目の体育の授業。さっきまであんなに晴れていたのに突然訪れた春の夕立。
予定を変更して体育館でバレーボールをすることになった。
体育は1、2組合同だから俺と亘はクラスは違うが体育の授業は一緒だ。
ピーッという先生の笛の合図と共にバレーボールの試合が始まる。
俺のチームは次の試合。今は亘のいるチームと俺のクラスの違うチームの試合だ。
白いボールが宙を舞い、放物線を描く。
「亘!そっちいったぞ!」
「任せておいて!それっ!………アレ」
「亘〜!どこ飛ばしてるんだよ」
「ごめんごめん」
見事なレシーブだったが、力を込めすぎてコートの外にボールを飛ばしてしまった亘は小村に怒られながらボールを追い掛ける。
それを拾い上げてこちらに振り向くと次こそは!というような真剣な顔で亘は走って戻ってくる。
その何に対しても一生懸命な亘の姿勢に幻界でのことをふと思い出した。
ひとりで先に進む俺のことをああやって必死な顔して追いかけてきた亘のことを。
「次はコートから出すなよ」
「大丈夫だよカッちゃん」
「いくよ!それっ」
「よっしゃあ!ナイス。亘」
外の雨は勢いを増して体育館を叩きつけ、雨音が響いていたが試合が始まってしまえば、そんな音は次第に大きくなっていくみんなの歓声と響く足音で掻き消されていった―――
今日1日の最後の授業が終わって着替えを済ませて廊下に出る。
宮原は日直で先生に呼ばれたらしく先に戻った。
亘と小村は今日は片付けの当番らしく、体育で使ったボールやネットの後片付けで更衣室に遅れて来る。
腕を組んで壁にもたれ、しばらく待っていると、複数の足音と共に廊下の向こうに亘たちの姿を捉えた。
夕立は体育が終わると同時に過ぎ去り、今は夕陽が校舎やこの長い廊下を朱に染める。
その逆光のせいでこちらに来る亘や小村の表情は分からないが、随分楽しそうに笑っているようだ。
「あれ、美鶴!待っててくれたの?」
「あぁ」
「ありがとう!すぐ着替えてくるね」
亘は慌てて更衣室に入って行く。小村もその後に続いて入って行くが「クラス違うんだから先戻ってればいいのに」と。笑いながら小村が俺に小言を置いていった。
先に着替え終えたのは亘で、すぐに更衣室から出てきた。
「待たせちゃってごめんね」
「……別に」
「今日、美鶴のバレーしてるの見てて凄いって感動しちゃった」
「どこに?」
「僕みたいに誰もいないところにボール飛ばないし、サーブだけで点取っちゃうし。ネット際でのブロックなんてスゴかった!!」
「………」
褒められるなんて慣れてない。しかも、相手は亘だ。
他人との付き合いが苦手で、俺がどんな冷たい態度をとっても亘だけは俺の傍にずっといてくれた。
大事にしたいと思ってるのにどう話せばいいのか。どう接すればいいのか分からない。
こんな時はなんて言えばいい?
頭で考え過ぎて俺はぎこちない態度ばかりだ。
亘はずっと俺の傍にいるのに。亘を理解する時間はいくらでもあったはずなのに。未だに『人付き合い』というのが上手くいかない。
夕日が傾き、日没が近づくなかで俺は亘から渡された言葉のボールを受け取る。
だけど、なんて返せばいいのか答えを見出だすことができない。だから、渡された言葉は無情にもこの手をすり抜けていく。
何も言えない自分に苛々する。
亘はこんな俺の傍でいつも優しく笑いかけてくれるのに、俺は亘に何を返せる?
「そうだ!ねぇ、美鶴!今日帰ったら一緒に遊ぼうよ!」
「え?」
「ダメかな?何か用事とかある?」
「…特にない」
「良かった!じゃあ、今日あの神社で待ってるね」
「……あぁ」
また言えなかった。遊ぶ約束はいつも亘から。
俺の方がもっともっと、傍にいたいと強く思っているのに。
「おぅ、悪ぃ待たせたな」
「もぅ、カッちゃん遅いよ!」
「だからちゃんと謝っただろ」
そうこうしている間に小村が更衣室から出て来た。
廊下に伸びる3つの影が教室に向けて歩き出す。
春の夕立が見事に晴れて、包み込むようなオレンジの光と静かな夕方の刻。
今日は、初めて会ったあの場所まで亘に逢いに行く。
そして明日は、俺から逢う約束をして、俺から逢いに行こう。
fin.
※この話の内容は
歌:松たか子
曲名:明日、春が来たら97-07
を題材とした話になっています。