Other

□a feeling pleasure
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余裕が無い大人を目にするのは、初めてじゃなかった。
ただ、僕がいつも目にする余裕が無い大人は皆、怯えていた。この人は違うのか。余裕が無いということは時間が無い、つまりは焦っているということで。何をそんなに焦っているのか、僕には皆目見当もつかない。命なめんなと人に言いながら、自分は命捨てますと真顔で言ってのける人だから。死期が近い、なんて理由ではここまで焦ることも無いだろう。
「ちょっと待った。何をそんなに焦ってるの」
「別に焦ってねぇ」
「いや、焦ってるでしょ」
「焦ってねぇ」
こうなると何度聞いても同じだ。諦めるのはシャクだが、こんなに余裕の無い瀬文さんは初めてで少し嬉しい。目の下に隈。疲労。未詳も大変だねと声を掛けたくなる衝動に駆られる。普段ならそう言っただろうが、僕でも一応TPOくらいは把握している…つもりだ。相当疲れが溜まっているように見える。でなければこの人が突然マンションに押しかけてきて13歳の少年を押し倒して衣服をはぎ取るような真似はしない。と思いたい。
不安は微塵も感じないが、こうして強引に事を進められるのは些か不満である。ささやかながら抵抗を試みて、首もとにかじりついている大人に声を掛けた。
「ねぇ、瀬文さん」
「あ?」
「今だけ、名前で呼んでよ」
十一。母以外にそう呼ばれたことは無かったな、と思い返す。他人に名前で呼ばれるのは馴れ馴れしくて嫌いだったが、瀬文さんは別だ。呼んで欲しいともう一度声を掛ける。行為を続けるつもりなら、罪悪感と死闘を繰り広げているであろうこの真面目な大人は、きっと名前で呼ぶ。
「…じゅうい」
ち、と言う前に、彼は気を失った。
僕の胸に凭れ掛かって寝息を立てている。
「……寝てる。残念、ちょっと期待してたのになぁ…。ほら瀬文さん、お布団入らなきゃ風邪ひくよー」
先ほどの熱さすら感じる焦燥感は何処へ消えたのか。37歳とは思えないあどけない寝顔を見つめながら、僕は苦笑を漏らした。
きっと昼までぐっすりだろうから。毛布を取って来よう。
朝起きたら、少し驚かしてやるんだ。
僕はそう決意して瀬文さんに掛けた毛布の中に潜り込んだ。


end.


瀬文さんは眠気と性欲を勘違いするのか。
ありえる。

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