企画

□春の訪れ、その意味は
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カツン、カツン。
カツン、カツン。


二人分の歩く音がした。

後一週間もしたら私も大石も高校生だ。
中学生のように、スニーカーをはいての登校はしない。

大石の学ラン姿も、もう見られなくなる。


何となく寂しくなって、隣を歩く大石の手をそっと握る。
大石は少し戸惑ったみたいだったけど、すぐに私の手をしっかりと握り返してくれた。

少しずつ咲き始めている桜。
それを見届けるように散ってゆく木蓮。

それらは、別れと出会いを表しているようだと思う。


「もう少しで高校生、かぁ……」


不意に大石が口を開く。


「そう、だね」

「やっぱり、少し寂しいな」


はは、といつもの穏やか表情には少しの影が落ちて。
その顔を見て、更に私の胸は締め付けられた。


「中学は楽しかったからな」

「色々あったからね」

「あぁ、色々あった」


中学校での三年間。
仲間との出会い。
部活の楽しさ。
仲間との揉め事。
先輩の卒業。
仲間との和解。
副部長としての責任。
仲間と戦った青春。

そして――
仲間との別れ。


それらは、宝物のように鮮明で、一つ一つ輝いている私達の記憶だ。


「俺は」

「うん」

「高校でもたくさん勉強して、やれることならすべてやって」

「うん」


つらつらと話す大石。
私は短い相槌をうつ。


「絶対に、医者になるよ」

「……うん」


まっすぐ、私へと届く大石の言葉。
これを毎日聞くことも――出来なくなる。


「……大石なら、絶対になれるよ」

「……」

「だから」


言葉が詰まった。

急に目の前の景色が歪む。

泣いてはいけない。
大石が、困ってしまう。


「だから……ちゃんと私のところに、帰って、きてよ、ね」


精一杯の強がりは言葉とともに流れ出した。
ぽろりぽろりと涙が零れる。

大石は驚いたように私を見て、地面に視線を落とし、そしてまた私を見つめた。


「あぁ」


たった一言の肯定。
短いけれど、大石の気持ちはちゃんと私に届いている。

泣きながら、自然と笑顔になった。

大石は私の涙をそっと拭って、私が大好きな笑顔で笑った。



(私は側にいてくれるだけでいい)


「だから、高校でも大石のままでいて」



END

 

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