彼岸花

□負う。
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俺たちの班の持ち場の見回りも終わり、自由時間になる。
その間に、と思い、訓練場の扉を引いた。

いつもは誰かがいる訓練場内には、静寂が広がっていた。

そんなことは気にせずに木刀を手に取り、構える。
そしてそれを勢い良く振り下ろす。

ひゅん、ひゅん。
風を切る音が響いた。


素振りをしながら、初めて教官が戦うところを見たときを思い出す。

一連の動き、そして倒れていく人々。


飛び散る血までが、まるで芸術のようだった。


「くそっ……!」


俺たちの班は、教官をはじめ、大石に千歳、強いヤツばかりいる。

……しかし、三人とも優しい。


「俺が……俺が、しっかりしねぇと……」


俺が全て背負えるように。
あいつらが気負わないように。

――何としても追い付きたい。


「ん、ここにいたのか、跡部」


振るのを止め、声のした方を見る。
教官も訓練に来たのか、木刀を手に取っていた。


「てめえか……」

「たまには手合わせなどどうだ?可愛がってやろう」

「はっ、そうやって俺様を見下してると痛い目見るぜ」

「……痛い目を見せてみろ」


教官が言い終わるや否や、木刀を振り下ろす。
かぁん、と小気味良い音が響く。
組み合っているときでもギリギリと力を込めるが、教官は表情一つ変わらない。

軽く舌打ち、教官の木刀を弾くように振り払い、その勢いで、一閃。

しかしそれも、鋒が喉を裂くか裂かないかの位置で、避けられた。
と同時に教官の木刀は腰の位置に構えてある。


(しまっ――)


しまった、と思う間もなく、放たれた居合いに腹を斬られ――木刀だから切れてはいないけれど――ていた。


「ぐ、うっ……!」


思わず片膝を付く。

ひたり。

と頬に木刀が添えられた。


「俺様を見下してると……何と言ったかな?」

「……うるせぇよ」


ひゅん、と血を払うように木刀を振る教官。


「いやいや、強くなったものだよ。初めの頃は瞬殺だったものなぁ」

「当たり前だろ、俺が訓練を怠ると思ってんのか?」


訓練して訓練して、それでも、埋まらないこの力の差。
情けねぇな、と嘲笑する。


教官やあいつらが少しでも、気負わなくて済むように。



「……てめえなんぞ、すぐに追い越してみせるから、それまで死ぬんじゃねぇぞ」

「ふふふ、それは生きる楽しみが増えるというものだ」



負う。





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