彼岸花

□思い出す。
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記憶、というものは、あまりにも曖昧で不確かなものだ。

どんなに大切に思っていても、
どんなに忘れまいとしていても、
いずれは、全て忘れていってしまう。

人ならば、まずは声、そして顔、やがては名前まで。

今となっては、両親すら思い出すことができない。


閉じていた目を開け、ふうと息を吐く。
昔のことを考えるなんて、らしくない。


「……教官?どうかしましたか?」

「ん?いや、ちょっと、ね」


言葉を濁し、大石から視線を逸らす。
それでは納得が行かなかったのか、大石はこちらをじっ、と見ている。

……あぁ、もう。


「……昔のことを、思い出していたんだよ」

「昔のこと、を」

「あぁ」


思い出せた訳では、ないのだけれども。


「大石」

「はい」

「お前は、思い出せない大切な記憶ってあるか?」


私には、たくさんある。
愛してくれたであろう両親や、仲の良かった友達もいただろう。
恋だってしたはずだし、何かに一所懸命打ち込んだこともあるはずだ。

でも、何一つとして思い出せない。


「……解りません」

「……」

「でも、多分あるんだと思います、忘れてしまっているからってだけで」


寂しいですよね、と悲しく笑う大石に。
そうだな、と短く返した。



思い出す。




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