dream

□芽吹く希望に君への誓い
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そよそよと稲穂が風に揺れていた。
もうそろそろ刈り入れか、とその様子を眺める。

しばらくぼぅっとしていると、村が騒がしくなってきた。
これはあの人が来る合図だ。

その場から立ち上がり、村の入り口を見る。
喧騒の中心には一人のお侍様。


「大石様……」


ぽつりと呟くと、大石様はこちらに気が付いたようでにっこりと微笑んだ。
大石様に向かって一礼し、私からも笑みを返す。

大石様は村の者一人一人に声を掛けながら、作物や村人の現状を聞いている。


この小さな村は大石様の領土である。

偉い立場だというのに決して傲らず、こんな小さな村にも自ら足を運んで下さっている。


私は、この方に思いを寄せていた。

身分違いも甚だしい。
そんなことはわかっている。
でもひっそりと思うくらい、私にも許されるだろう。

そんなことを考えていると、急に目の前が暗くなった。
視線を上げると、柔らかに微笑んでいる大石様がいた。


「やぁ、久しぶりだね」

「お久しぶりです、大石様」


大石様はゆっくりと村を見回す。
私の後ろ、風に揺れる稲穂で視線を止めた。


「今年は中々豊作みたいだね」

「はい」

「良かった、この様子なら飢饉に苦しむことはなさそうだ」


はい、ともう一度返事をして一歩前へ踏み出そうとした。
しかしバランスを崩したらしく、ぐらりと視界が一面空になる。

転ぶ。
目を閉じて来る衝撃に耐えようとした。

でもいつまでも衝撃はやって来なかった。
そっと目を開けると視界には大石様がいる。

抱き止められた、と気付いたのは大石様に「大丈夫?」と声を掛けられてからだった。


「申し訳ありません!……ありがとうございます」

「怪我はない?」

「え、あ、はい。ありません……」

「それは良かった」


大石様に立たせてもらうと、大石様が私の手を取っていたことに気付く。
まめだらけの汚い手を見られたくなくて、引っ込めようとするけれど大石様がそれを許してくれない。


「大石様……?」

「少し、村を歩きたいんだ」


付き合ってくれるかな、と問うてきた大石様。
もちろんです、と返事をすると繋いだ手はそのままに歩き出す。

しばらくの沈黙を村の喧騒が掻き消した。


「俺はね」

「はい」

「農民になりたかったんだ」


沈黙を破った大石様は驚くことを言い出した。
私達から見れば大石様は偉い立場のお侍様で、恵まれた環境で育ってきた方だ。


「何故ですか?」

「何故、か……」


大石様は一瞬とても悲しそうな顔をなさる。
そして腰に帯びている刀を見た。


「俺は、人を斬るのが怖いんだ」

「……」

「稽古は受けたからね、扱うことは出来る。でも、それを人に振り下ろすことが出来ないんだ」


繋いだ手に力が入る。
私は黙っていることしか出来ない。


「侍なのに、情けないだろ?」

「そんなこと……!」

「農民なら戦なんてしなくても、お前達と汗をかいて働けたのにな……」


自嘲気味に笑う大石様はとても苦しそうで、悲しそうだった。

大石様は人一倍お優しいのだ。


「お、こんなところにも芽が出てる」

「え?」


畑の端に目をやると、小さな芽がしっかりと根をはり、空を仰いでいた。


「……大石様。そんな小さな芽でも、私達にとっては希望なのです」

「希望……」

「はい。どんな作物だって、芽が出なければ育つことはないのです」


私の言葉が大石様の心まで届くとは思わない。

だけど、少しでも大石様の力になれるなら。
少しでも、大石様の苦しみが和らぐならば。


「……だから、いつかきっと、大石様のその優しさが強さになる日がきます」

「俺の優しさが、強さに……?」


サァッ、と風が稲穂を撫でる。
大石様は端整なお顔をふと笑みに変えた。


「ありがとう……。ごめんな、頼りない侍で」

「そんなこと、ありません」

「いいことを教えてもらったお礼をしないとな」


大石様は真っ直ぐに私を見る。
綺麗な綺麗な、深緑の瞳だった。


「この世を平和に、人を斬らずとも良い世に、お前たちが、幸せに過ごせるようにすることを」


すっ、と腕を引かれ、私の体は大石様の腕の中にすっぽり収まった。


「……君に、誓うよ」


きゅっ、と抱きしめる腕に力が入る。

大石様の鼓動が直に伝わってきて。


(緊張、してる……?)


「だから、さ」

「はい」

「それまで、俺を見守っていてはくれないか?」


今までは大石様の鼓動しか聞こえていなかったのに、今となってはどちらの心臓の音なのか分からない。

そのような問いの答えなど、最初から決まっているというのに。



(いつか来るその時まで)


「私は、貴方様を見つめています」


END




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