dream

□熱帯魚の恋心
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「ふぅ……今日も疲れたな……」


部屋のドアが開く音がして、まどろんでいた意識が浮かんでくる。
前を見ると、深緑の瞳を大きく見開いた彼が立っていた。

「え……君、は……?」


どうしたのだろうか。いつもなら水槽の前までやってきて「ただいま」というはずなのに。
そこまで考えて、目線が自分の体を捉えた。
体は魚のそれではなく、彼のものと同じであった。


「体、濡れてるじゃないか!それに、どうしてここにいるんだい?」


彼がタオルを私にかけてぐしゃぐしゃと髪を拭いてくれた。
夢じゃ、ない。
今、私は人間になっている。

それならば、それならば、伝えたいことがある。


「――……っ!」


声が、出ない。


「……っ!?……!」


伝えたいことが言葉に出来ず、喉からは空気を吐き出す音がするだけだった。


「……もしかして、話せないのかい?」

「……っ」


口をパクパク動かして、必死に伝える。


あ・り・が・と・う。あ・り・が・と・う。
どうか、どうか、伝わって。


「……?」


好きなの、好きなの。
あ・な・た・が・す・き・な・の


「……え?」


伝わらない、伝えられない。
目からは、ぽろぽろと涙が零れた。


「え、あ、あの……泣かないで」


困ったように、そっと頬に触れる彼。
初めて触れた彼のぬくもり。

それに包まれたとき、意識は闇へと沈んでいった。












ふと眼を覚ますと、そこはいつもの水槽の中。
体は魚となっていた。

嗚呼、やっぱり夢だったのか。

夢の中で感じたぬくもり。

何故か。それが残っている気がして。


それが一層、私の心を締め付けた。



(夢ならば、何故伝えさせてくれないの)


「ありがとう。そして、好き」



END

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