クレヨンの扉

□17話.十一月は読書月間、貸出は遥か古代図書館で
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目の前に居るのは、疲れた顔をした男の人だった。


歳は三十代前半、といった処か。


手を握り、絶えず話し掛けてくる。





『今日は秋桜を持って来たよ。竜胆が枯れてしまったからね。
美雪の言ってた通りだよ。
あの花は蕾を全部咲かせるのが難しい』





ピッ、ピッ、ピッ、と規則正しい機械の音がする。





『追い詰めるつもりじゃ、無かった。
ただ、このままじゃ駄目になると思ったんだ』





手の甲に熱い、滴の落ちる感触。



あたしは耳を塞いだ。



聞きたく、ない。


この先をあたしは多分、『知って』いる。








    閃く光。

 衝撃。

    男の呼び声。

抱き締めたポンタの暖かさ。

   喉につかえた熱い塊。








「―――――助けて、ヤン先生!!」





あたしはビーズの薔薇を足下に叩き付けた。



飛び散るピンクの粒が、
ふわんふわん、と浮いて、あたしの回りに輪を作り出す。





気付くと月の様なまあるい、黄色い足下。



それが立体になる。

あたしは月の兎のように。





   ふわん、と跳ねる。



 
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